第108話 国王 1/2

 ディーハルトへの処分が甘いと言う誹りは、不甲斐ない父親として受け入れるつもりでいた。

 ただ予想以上に多くの批判が集まったので、予定よりはかなり早いが隠居する事にした。


 仕事が終了した後、フリッツに声をかけた。隠居後に私に付いてきてくれる以外の可能性があるなど、私は考えもしていなかった。


「申し訳ございませんが、陛下の隠居後はクールベ殿下の元で補佐をする予定です」


 フリッツは無表情に言った。


「そ、そうか」


 何かを言いたい気持ちがあったが、動揺して考えが纏まらず言葉にならなかった。


 クールベの側近は外交知識に長けた者に偏ってしまっているし、人数も少ない。私が隠居を急ぐ以上、仕方が無いとは思う。

 ただ、冷静に考えれば長年の信頼を裏切られたという気持ちが強い。仕事後のフリッツにもう一度声をかけた。


「私がクールベ殿下が落ち着くまで補佐をしたいと希望しました」


 またフリッツは無表情だった。


「クールベは助かるだろうが、何故事前に相談してくれなかった」


 快く送り出すのと、事後報告では気分が全く違う。


「これは私の我儘にもなりますが、陛下は私を必要とはしていませんでした。退職も考えていたのですが、それは周囲に止められていたので」


「何を言っている? 私にはフリッツが今も昔も必要だ」


 本当に何を言っている。ずっと支えてくれていたのに、ずっと頼りにしていたのに。


「私の意見は随分前から聞き入れられませんでした」


「そんな筈はないだろう?」


 フリッツの意見はいつも重用していた。きちんと周囲からの情報を集め、今後の事を誰よりも考えてくれていたのだから当然だ。


「いいえ。側近は仕事のお手伝いだけが仕事ではありません。プライベートにも意見するのが側近です。私は城で広がるライハルト様の悪評を、早急に払拭すべきだと意見しました」


「それは王太子になるべき人間が、多少の悪評程度で折れるような人間になっては困るからだとその時に言っただろう」


 逆境に立ち向かえる強い精神力を持たずに国王にはなれない。ただ、ライハルトの気持ちを考えてはいなかったと今は反省している。


「幼い子どもが自分の家ともいえる城内で立ち向かえと? 放置された為に城から中央貴族にライハルト様の悪評が流れました。よく知らない人間が言う悪評と違い、それらは信憑性を持って受け入れられてしまいました」


「それについては浅はかだったと反省している。ライハルトを王太子にするのなら、もっと配慮すべき点だった」


「ライハルト様の教師をディーハルト様にスライドさせる事にも反対しました」


「それは、ディーハルトが天才だったからだ」

 これについては今も正しかったと思っている。


「いいえ。教師が大袈裟に吹聴しただけです」


「そんな筈は無いだろう」

 実際に教師からの進捗状況の報告は、ライハルトより余程良かった。


「ほとんどの教師が辞退したことをお忘れですか。急な教師変更により、ライハルト様の教師は微妙な人選となりました」


「それは、ライハルトが……」


 馬鹿だと言われていたから構わないと考えていた。馬鹿である以上、どの教師を付けても大差はないと思っていた。

 教師の途中変更は教師の評判にも関わることなので、急に頼んだ以上最後まで頼むのが筋だとも思っていた。


「子どもに関する最終決定権は親にあります」


 指摘されれば確かに聞き入れなかった意見は多かった、が。


「私は、ディーハルトを妹のニーナの様にはしたくなかった。それはフリッツも分かってくれていただろう?」


 あの両親は天才の妹を閉じ込め、嫁に出すことにも反対した。

 縁談はいくらでもあったのに、病死として片付けた。私は絶対に同じにならないと決めていた。


「各部門の役人たちは王家に忠誠を誓っているとは言い難い。彼らは血筋や産まれた順ではなく、実力で今の地位に就いている事に誇りを持っています。それと同時に、自分たちも産まれに恵まれてさえいればという考えを持っている者たちも多くいます」


「……それは、あるだろうな」


 フリッツの伝えたいその先がまだわからない。控え目に誇りと表現してはいるが、自分の能力の高さに驕っている者がいる事も知っている。


「確実に王家に忠誠を誓っているのは側近のみです。役人たちを纏める為には、王家は尊敬され敬われなければなりません。ライハルト様の悪評により、彼らは王家に能力が無いと無意識に下に見ているのです」


 まさかとは思ったが、フリッツの話を聞いているうちに様々な側面が見えて来る。


 王族に産まれれば責任が付き纏う。その点にばかり目がいっていたが、王族に産まれただけで特別扱いされる。

 逆もまた然り。能力が多少足りていなくとも、産まれに恵まれていれば特別になれる。その最たるものが国王。


 それを妬む者がいることはわかっていたが、国の為に自ら望んで働いている彼らまでもがその思想を持っているとは思っていなかった。

 国をより良くする為の協力関係にあると思っていた。そんな都合のいい人材だけである訳がないのに。


「彼らは次男であるディーハルト様が優秀であるからと取り立てられている事に、自分たちの希望を投影していたのでしょう」


 彼らとはほぼ仕事でしか関わってはいないが、確かに一時非常に好意的だったように思う。

 国王として認められたのだと思っていたが、食事の時に完全実力主義の話をされたことがあった。


 今思えば、あれは跡継ぎの事を言っていたのか。フリッツがいない時に話をされていたように思う。

 フリッツは王家の存続を考えているので、邪魔だったのだろう。

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