第110話 王妃ローゼマリー

 愛していた息子二人を失う結果となった。苦労して産んだ子どもが二人共王位継承をしないだなんて、当時の軟禁が酷く無意味なものに感じた。

 そして何故か流れた私の悪評のせいで、引退を早めると夫に言われた。


 内容からアガーテに陥れられたとしか思えない。けれど、アガーテだけでこれ程の事を仕掛けられるだろうか。

 他にも協力した人がいるはず。シャイナに情報集めをお願いしたが、あまり集まらなかった。


 期限を言われていたので仕方なく引退の準備を進めていると、シャイナに引退後の付き添いを断られた。まさかと思った。

 その事を夫に話すと、夫もフリッツに断られたと言う。理由を聞いてそれは卑怯ではないかと思った。


 結果的に私たちは息子を二人共失ったが、本当に不味いと思うなら私たちをもっと必死で止めればよかっただけのこと。

 自分たちの責任でもあるのに、私たちだけの責任にするのは間違っていると思った。

 もっときちんと止めてくれていれば、ディーハルトが次期国王になっていたはずだ。


「シャイナたちにも責任があると思うわ」

 夫は自分を責めて言わなかったようだけれど、私は本人にはっきりと言うことにした。


「ええ。ですから、私は新たな王妃陛下が落ち着くまで支える事にしました」

 何よそれ。単に新しい王妃に取り入ったってことでしょ。


「そう。もういいわ。ずっとシャイナを信用していた私が愚かだったわ」


 シャイナは無表情、無言のまま部屋から出て行った。

 その後他の侍女にも付いてこないかと打診したが、全員に断られた。シャイナが何か言ったのだろう。


 何もかもが腹立たしい。仕方なく、若いがそれなりに仕事をする侍女を選んだ。結婚などで入れ替わるのは避けられないだろう。

 引退後も侍女を教育しなければならないなんて業腹だが、断って来た人間を置くよりはマシだ。


 急に仕事が無くなると手持無沙汰になるだろうし、引退後もそれなりに人を迎え、公務をして慰謝料の支払いで減った私財を補うつもりでいた。

 なのに公務も無い、訪問客もいない、招待した者にはやんわりと断られる……。どういう事?


 やはりアガーテが何かしているのだわ。至急情報を集めてもらわねばならない。

 調査部門に依頼をするが、何度依頼しても断りの手紙が来る。重要案件だといくら書いても伝わらないので、侍女を何度も通わせた。


 そんな時、何故かシャイナが離れにやって来た。


「調査部門から言伝です。アガーテ様の調査依頼は国家予算では行われません。どうしてもと言うのであれば、私財で依頼して下さいとのことです」


 調査依頼にはかなりのお金がかかる。ライハルトへの慰謝料で、そこまで私財に余裕は無い。

 それに王妃を陥れたとなれば国を乱す重罪。当然税金から調査費用が支払われるべき案件になる。それが通らない方がおかしい。


「どうしてよ? 私に責任を押し付けて側を離れた癖に、邪魔までする気なの!」

 アガーテの協力者に調査部門に顔が利く人がいるはず。シャイナも協力している可能性がある。


「一体いつまでアガーテ様に嫉妬する気ですか。誰も人が来ないのも、公務の依頼がないのも、今までのローゼマリー様の行いのせいです」


 私が嫉妬……? この国一番の女性である私が……?


「私は王妃だったのよ。アガーテ如きに嫉妬する訳が無いじゃない」


 シャイナが表情もなく淡々と話す。


「どう考えても嫉妬にしか見えませんが。嫡男をすぐに産み、美貌や才女であるとの評判も羨ましかったのでは?」


「王妃は国で一番の女性よ! 私が羨ましがる要素なんて無いわ。変な言い掛かりはよしてちょうだい」


「では何故、一番最初に融通するべきオルグチーズをフォード侯爵家へ渡らないようにしたのですか」


「そんな事はしていないわ!」

 何を言っているの。私は王妃としてまだ子どものライハルトに代わり、公平に必要な場所へ売却しただけよ。


「されたではありませんか。シース織りもアガーテ様が欠席されたのをいい事に、ライハルト様がフォード侯爵家用にと用意された品を勝手に他家へ売りましたよね」


「! あれは、ディーハルトが婚約者を決めたくないと言っていたから、お詫びとして売ったのよ! 必要な事だったわ」

 あれがなければ揉めていただろう。


「ローゼマリー様はライハルト様を愛していませんよね。なかなか懐かないライハルト様が腹立たしかったですか?」


「……何を! いくらシャイナでも、言っていい事と悪い事があるわ!」


「事実を述べたまでです。お二人との時間がまともに取れるようになった時、ライハルト様は四歳でした。碌に会った事もない母親より、乳母に懐いていて当然です。まだ二歳のディーハルト様は、すぐに懐きましたものね」


「確かにライハルトは時間がかかった。でも私は、二人を平等に愛していた!」


「行動を客観的にみれば、とても信じられませんね。悪評を放置、教師のスライド、ディーハルト様とカリーナ様の浮気を容認。オルグチーズやシース織りの功績も横取りしようとする。何処にライハルト様への愛情が?」


「二人共愛していたから、最良を選んでいただけよ!」


「ロイド様が学園に入学されてから、聡明で優秀だと評判になりました。だからこそ、ディーハルト様が天才だという評判に固執したのではないですか。なかなか懐かず、教師からの評価も低いライハルト様の存在が、それはもう疎ましかったのではないですか」


 あまりの怒りに、シャイナに飲みかけの紅茶をかけた。


「それがあなたの本性ですよ。今後は調査部門に圧力をかけるような依頼書を送って、迷惑をかけないで下さい」


「私がどれだけ苦労して二人を産んだか知っている癖に!」


 シャイナが出て行った扉に向かってカップを投げた。カップは割れず、床に転がる音だけが虚しく響いた。

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