第111話 最後まで

 ローゼマリー様の部屋から出て来た私に紅茶がかかっていたので、侍女が慌てて寄って来た。


「すみません、シャイナ様。私が相談したばかりに……」


 泣きそうな顔をしている。主の書いている手紙を盗み見るのはあり得ないことだが、書いている時のあまりの形相につい盗み見てしまったそうだ。

 出すように言われたその手紙を持って、この侍女は私に相談に来た。咎めるべきことだが、今回はそれで助かった。


 調査部門は必要であれば王家も調査する。結果によっては王族でも厳しい罰が下る。

 これ以上彼らに脅しや圧力をかけ、かつ手紙が彼らに見つかっていれば、ローゼマリー様は幽閉か処刑になっていた可能性がある。


「気にしなくていいのよ」


 ローゼマリー様は元々人の上に立ってマウントを取りたがるタイプの女性だった。

 国の女性の頂点である王妃に、並々ならぬ執着を持っていたのには気が付いていた。

 王妃となるのだし少しは落ち着くかと思っていたが、常に自分とアガーテ様を比べては敵視を繰り返した。それは心の病を疑うほどの執着心だった。


 それらは表だけでも公平であるべき王妃に相応しい行動ではなかった。その結果が今だ。

 王家にもっと権力のある国であれば、王妃のご機嫌取りにアガーテ様は殺されていただろうし、フォード侯爵家も潰されていただろう。


 子どもに恵まれず苦労したのは共にいたのだから知っている。

 ローゼマリー様の耳に入った内容はほんの極一部でしかない。


 あの頃は互いに辛かったが、後から思えば軟禁状態にあったからこそ聞かせずに済んだ言葉がいくらでもある。

 先代王妃は言葉はきつかったが、そこまで考えていたのかもしれない。


 けれど、やっと産まれた子どもを冷遇する意味が分からなかった。おそらくその時に私たちの道は違えてしまったのだろうと思う。


 アガーテ様への嫉妬心は凄まじく、まさか隠居後にまでアガーテ様を狙うとは思わなかった。

 手紙の内容を見れば、彼女の中では自分の悪評が流れたのは全てアガーテ様のせいになっているようだった。


 アガーテ様は何もしていない。全て今までの行動が正しく外部に漏れた結果でしかない。


 まさか実家に手紙を出し、アガーテ様の暗殺依頼をしようとするとは思っていなかった。

 実家が応じるかどうかは不明だが、依頼しただけで充分罪になる。だから手紙は私が握り潰した。


 わざとあれだけ怒らせたのだから、ローゼマリー様の矛先は私に向く。

 私に対してはそれ程の執着心は無いので、暗殺までは考えないだろう。

 それでいい。全てはローゼマリー様を支えられなかった私の責任。


 アガーテ様には新しい王妃陛下の地位を社交界で万全なものとする為に、全面的に協力してもらってもいる。

 順調とはいえ、今の段階で断られては困る。


 ローゼマリー様の敵視から自身と家を守る為に、アガーテ様は大変力をつけられた。

 プライドが高く、常に女性の頂点にいたかったローゼマリー様には目先の事しか見えなかった。


 その行動の結果が、欲の無かったアガーテ様に火をつけることになった。自分の行動が相手を高みに上らせたのだ。

 ディーハルト様に固執し続けた事もよくなかったのだろう。ディーハルト様でアガーテ様を見返したかったのだと思う。




「やってくれましたね、シャイナ様」


 数日後、部屋に戻る途中の廊下で調査部門長に話しかけられた。珍しいところにいる。私が来るのを待っていたのは明らか。


「何のことでしょうか?」


「まぁ、あなたには個人的にも組織的にも借りがありますし、今回は見逃しますが次はありませんよ。ほんと、見上げた忠誠心ですね」


 どうやらあの様な手紙を書くのは初めてではなかったようだ。後でローゼマリー様付の侍女に確認しなければならない。

 私としたことが、焦るあまり確認を怠っていた。まだまだね。ただ、決定的な証拠にはならない手紙だったことには安心する。


「何のことかわかりませんね」


 調査中の証拠隠滅は罪に問われることがある。見逃してもらえるのなら有難く。


 調査部門長の苦笑いを見てから、私は部屋に戻った。彼へのお礼は何にしようかしら。

 侍女仲間に聞いた、最近怪しいと聞く伯爵家の情報がいいだろうか。


 部屋には私宛の手紙が二通。一通はアンナとライハルト様から。アンナが私の今後を心配して、ライハルト様に何か言ったのだろう。

 王妃陛下は大変優秀で、スージーも欲に目がくらみさえしなければ優秀。私がお役御免になる日も近い。


 夫は病死し、二人の娘は既に嫁に出て孫もいる。さらに相手の両親と同居中。私が今後どうするのかアンナは気にしているのだと思う。

 娘たちを頼らず一人暮らしを始めるつもりであることにも、気が付かれているように思う。


 二人の手紙には、退職した後にとにかくオルグレン領に来て欲しい、助けて欲しいと書かれていた。

 きっと助けなどいらないはずなのに、こう書けば心配した私が来ると思っているのだろう。


 行くつもりは無かったが、もう一通の手紙の事を考えれば行かなければならないだろう。

 彼らを任せるのに、ライハルト様は最適だ。少し迷惑をかける事にはなるだろうが、これは私が先代から頼まれていた事。


 最後まで、自分の役割を全うしましょう。

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