第112話 フォード侯爵家

「カリーナの学園入学は取り止めようと思う」


 私の言葉に、アガーテとロイドが深く頷く。二人も既に心の整理をつけてくれていたのだろう。


 これでカリーナが貴族に嫁ぐ可能性は無くなるが、元々今の状況ではどこにも嫁に出せない。

 市井に出しても誰かに迷惑をかけながらしか生きていけないだろう。


「領地で軟禁、ですか」

 ロイドが言う。


「ディーハルト殿下がカリーナに変わらぬ執着を見せている。陛下が二人に将来を許すかは不透明だが、軟禁で許されるかどうかはまだわからない」


「ライハルト様に配慮して、処刑は無いのではないでしょうか」

 ロイドの楽観的な話に縋りたくはなるが、そこまで甘くはないだろう。


「カリーナに治療の効果も無さそうですし、様々な可能性を考えて身の回りの事は自分で出来るようにさせましょう」

 アガーテの言う通りだ。娘に出来ることはもう残り少ない。


 調査部門に特別な医者を紹介され、半信半疑でカリーナを見せた。この医者は人の精神状態や行動分析に特化しているそうだ。

 私たちからも話を聞いた医者は、カリーナは自分で物事を考えず、信頼している人からの言葉を鵜呑みし、更に人に依存する傾向があると指摘した。


 私たちは黙って聞くしかなかった。全員に心当たりがあったからだ。後から何という性格に育ててしまったのかという後悔が襲う。

 専属侍女だったローズの影響が強く残っている可能性も指摘された。


「例えばですが、アガーテ夫人が何か失敗をされたとします。フォード卿がフォローしました。それにアガーテ夫人が感謝します」


「ええ、するわ。助けてもらったのだもの」

 アガーテが素直な反応を返す。


「普通ならフォローは大変です。ですので、次は同じ失敗はしないようにと考えます」


「当然のことだと思うのですが」

 ロイドも素直だ。


「ですがその筆頭侍女はお嬢様に失敗から学ばせず、失敗を繰り返させ、それを自分がフォローして感謝される。それに喜びを感じていたのではないかと思います」


「そんな人がいるのですか?」

 ロイドが驚いているが、私も驚いた。


「意外といるのですよ。相手に頼られれば頼られるほど、相手が自分がいなければやっていけないと感じるほど、唯一無二の存在として必要とされていると思える。そういう自己満足に浸る方がね」

 医者は淡々と話すが信じられない。


「旦那様、発言よろしいでしょうか」

 カリーナの件だからと同席させていた、ローズの妹リリーには思うところがあるらしい。


「いい。聞かせてくれ」


「姉のローズはまさにそのタイプだったと思います。両親が家の為に奔走していた時、私や家の世話を一手に引き受けることで感謝されていました。とても助かっていたのは事実ですが、姉は私が手伝うことを拒否していたように思います」

 医者が納得するように頷いている。


「手伝うために教えを乞うても、なかなか教えてくれなかったのではないですか」


「はい、その通りです。私がまだ残ってくれていた使用人から教えを乞うと、さり気なく邪魔をされていたように思います」


「不安を紛らわす意味もあったのでしょうが、自分の存在価値が脅かされることを恐れているのですよ。こちらの家に来て、その対象が家族からお嬢様に移ったのではないかと推測します」


 私が甘やかしたのが根底にあるだろう。カリーナは自分で深く物事を考えない。だとすれば、ローズにとっては最高の相手だったのだろう。


「お嬢様の言動を全て肯定していたのはその為かと思われます。つまり、よくない事だとわかっていても自分の為に放置するのです」


「それは、また……」


「一般の人から見れば不可解な行動ですがね。本人たちは気が付かないものなのですよ。そして残念ながら、お嬢様にとっても心地よい関係だったのでしょう」


 そして突然いなくなったローズに代わり、ディーハルト殿下にローズの役割をカリーナが求めているように考えられると言われた。


「手紙も見ましたが、ディーハルト殿下はお嬢様が求めるような言動を先取りされているように思います。お嬢様の新しい標的とも言えます。そのような関係性は良い事とは言えません。治療しましょう」


 治療に関する方針は全て医者に任せた。ただ肝心の、現在の依存先であるディーハルト殿下とのやり取りが、陛下の望みで断つことが出来ない。

 陛下に相談に行き、今後の処遇について話し合った。


 ディーハルト殿下の執着心も強く、本人たちが望むなら結婚を許すが、両人共に除籍することになった。

 二人が不貞を犯し、温情を裏切り罰を受けるべき立場であることは変わらないと、二人のやり取りは止めないことになってしまった。


「アガーテ、すまない。私がカリーナにしてやれる事はもう無さそうだ」


「本人がそれを望んだのですから、仕方がありません。もう、好きにさせるしか無いのでしょう」


 アガーテはもう、以前の様に涙を流さなかった。

 私やアガーテもそうだが特にロイドは、ライハルト殿下と関われば関わるほど、何も悪いと思っていないカリーナに対し、何とも言えない気持ちになっていた。


「温情を裏切ったのはカリーナです。きちんと説明もしたのに、それを選んだのもカリーナです。父上と母上はカリーナに出来るだけの事をしたと思います」


 ロイドの慰めが余計に心に刺さる。色々と思うところはあるが、罪を犯せば償わなければならない。それは揺るがない。


 そして、ディーハルト殿下が除籍された後に求婚してきた事を伝えると、カリーナは大喜びした。

 やはり何もわかっていない。そう思いつつもカリーナを送り出した。この後二人は結婚する。


 娘に甘い私たちには、今後何があろうと二人に関わってはいけないと厳命されている。

 もし関わったなら、制裁を加えると言われている。その制裁はロイドに影響が出るものになると。


 私たちはカリーナの親でもあるがロイドの親でもある。ロイドにこれ以上迷惑はかけられない。

 子育てに失敗した愚かな私たちへの罰は、娘を一人完全に失うこと。決定的なことにはならないよう、今後はクールベ殿下が見守ってくれる。


「調査部門とは別で、クールベ殿下が見守ってくれるそうだ。反省が認められれば手紙は送れると」


「そう……」


「さようなら、私たちの娘」


 ひっそりと窓から二人の旅立ちを見守った。もう会うことはないだろう。

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