第113話 カリーナ

 もうすぐ学園の入学時期になるのに、その説明がない。お父様たちは私をどうするつもりなのだろうか。

 侍女に聞いても教えてくれない。そんな中、久し振りにお父様が訪ねて来た。


「カリーナの学園入学は許可しない」

「えっ?」


 言われた意味がわからずに、思わず声が出てしまった。


「学園入学は許可しない。侯爵家からも除籍する。今日から教師を付けるので、一般庶民として生きていく為の勉強をするように」


 意味がわからない。


「ちょっと待って、お父様。どういうこと?」

「そのままの意味だ」


「どうして?」

「ライハルト殿下の温情で表向きは病気療養にしてもらえたが、謹慎処分中だった事を忘れていないか? 許された訳ではない。処分が保留になっていただけだと言っておいただろう」


 屋敷でも限られた人しか知らされていなかったので、庭の散策にさえ気を使っていた。なのにどうして?


「ディーハルト殿下との手紙……。私たちが気が付いていないと思っていたのか。陛下が二人がどうするのか見る為に、今まで見逃されていただけだ」


 顔から血の気が引いた。気が付かれていないと思っていた。


「それと前にも言ったが、物事を自分できちんと考えなさい」


 それだけ言って、お父様は悲しそうな顔で部屋から出て行った。意味がわからなかった。

 それから私は考えた。もう、ディーに助けてもらうしかない。知られてしまった事で、却って堂々と手紙のやり取りが出来るかもしれない。


 侍女経由でお父様に確認したら許可は出たが、私の処遇などは書いてはいけないと言われた。

 何とか今の状況を伝えたい。色々と考えていたが、ディーの方から先に必ず迎えに行くと手紙が来た。


 私は待つだけでいいのだと思った。


 そしてディーが男爵になって迎えに来てくれた。綺麗なウエディングドレスに憧れもあったけれど、それでも幸せだと思った。


 男爵とはいえ、王家の直轄地だからと思っていたがそう甘くはなかった。

 使用人が使用人の仕事を知らず、細かく指導すると退職すると言われたりした。それでも幸せだった。


 ある日生活が贅沢過ぎると言われ、料理や洗濯、掃除が私の主な役割になった。

 ディーならそのうち収益を改善してくれる。忙しいけれど充実した日々を過ごしていた。


 生活に慣れるまでは避妊しようと二人で決めていたが、愛する人との子どもが欲しい。そろそろいいだろうか。

 ディーに言っても何故か乗り気ではなく、毎日不安が募っていった。


 そして、現実を知った。


 世間から私たちは不貞したと思われていた。温情でもらえた反省を促す謹慎処分中にも、不貞を続けていたと話が広まっていると聞いた。

 私は不貞などしていない。


 それからしばらくは何もする気がしなかった。ある日、鏡に映った自分を見てゾッとした。

 艶やかだった髪は輝きを失い、肌荒れも酷い。私は今ここで何をしているのだろうと思った。


 気分はますます落ち込んだが、このままではいられない。

 父に止められていたけれど、ライハルト殿下にお詫びの手紙と、両親に今の窮状を伝える手紙を書いた。


 返事の代わりに一人の男が現れた。


「こういうの、回収するのが手間なので止めてもらえますかね」


 その男に投げ渡されたのは、私が書いた手紙だった。


「今更ライハルト様に謝罪してどうするつもりですか。除籍された家を頼ろうとするとは何事ですか」


 冷たい顔で言われた。どうして見ず知らずの男にここまで言われなければならないのか。それでも。


「お父様に、お詫びをずっと止められていたのです」


「それは反省が見られなかったからですよ」


「だって私はライハルト殿下の妻になるつもりで、不貞していたわけではないわ」


「ふふ、あなたに一度言ってみたかったんですよね。あなた、自分が優秀だから婚約者に選ばれたとでも思っているんでしょう。違いますよ」


「えっ……」

 言われた意味がわからなかった。


「まぁ、フォード侯爵家は優秀でしたし? ですがあなた自身は勉強も遅れているし、特に優れていたところもなかった。ライハルト殿下が親しくなろうと努力しているのにあなたは全く興味を示さず。義務を果たす? 何の能力もない癖に、とんだ傲慢だ」


 一瞬頭が真っ白になったが、沸々と怒りが湧いてくる。けれど、何かを言う前に男は捨てゼリフと共に去っていった。


「あー、言えてすっきりした。あなた、自分に価値があると思い過ぎ。傲慢なんですよ」


 調査部門の男はカリーナに見られないようににんまり笑った。彼は北部出身で、生活が苦しい実家を思い調査部門に就職した。

 彼は自分の実家も助けてくれたライハルト様を慕っている。

 彼女のライハルト様に対する傲慢さは元々噂になっていたので、へし折りたくて仕方が無かったのだ。清々しい気持ちで屋敷から出て行った。



 私は、価値が、無い……? 人を価値で判断するのは間違っていると思う。でも……。


 毎日その言葉が私の頭の中を駆け巡る。


 ああ、そうだ。髪も肌もパサついてしまった。水仕事で手荒れも酷い。それでも、私が頑張ればディーは褒めてくれる。


 ディーは私を愛してくれている。


 私にはディーしかいない。約束通り迎えに来てくれた。私とディーは愛し合っている。


 そうよ、愛し合っている。それなのに、最近近隣の領主に教えを乞うと言って頻繁に外出するようになった。

 どうして一人で出かけるの。まさか、浮気?

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