第104話 裏話 ケビン 2/2

 そういった物語の世界では話に沿って現実が進み、齟齬が出るとある程度話の筋に戻される事もあるらしい。


「強制力とか修正力とか言われていてね。そういう物語も沢山あったんだ」


 本来の作中作で主人公の相手に選ばれるのは、女性の理想とする男性。その男性が惹かれる主人公も言わずもがな素敵な女性。

 けれど捨てられる側の令嬢が主役となった場合は、元の主人公含めどうしようも無い人間ばかりに変更されている事が多いそうだ。

 元の話はどうなったと言わんばかりの馬鹿とクズの集団になる。意味がわからない。


「”お決まりの流れ”として気にせず読んでいたけれど、国の中枢から主要人物の周辺までが人としてどうかと思う人ばかりで、現実で考えるとあり得ない感じでね」

 ライハルト様の言う通りだと思う。


 王子の周辺が恋愛に振り回されていたり、問題を静観してる人間ばかりでは国が成り立たない。

 意味はわからない、が。二人に起こった現象を考えると言いたい事は分からないでもない。

 物語の舞台を整える為に、無理矢理クズを揃えたと考えれば、まだ。


 そして小説としての物語が終わりを迎えると、そういった齟齬を修正する謎の力は働かなくなるという。

 それは変化を自覚していた三人に、綺麗に当てはまる。だから心当たりがあると言っていたのか。


「詳しい事は分からないが、二人が心配していたもう一度頭がおかしくなることは無いと思うよ」


 その言葉に、二人は本当に安堵していた。


 私も二人の立場なら当然そう思うだろう。今が充分幸せなのに、アンナを裏切りライハルト様の元から離れるなど想像も出来ない。

 実際に離れてしまった後で正気に戻ったなどと、考えただけでもゾッとする。


「起きた事をなかった事にするほど私に力は無い。けれど困った時は遠慮せずにケビンに声をかけて。申し訳ないけれどフィリアナが不安に思うような事を私はしたくないし、二人がフィリアナと接触するのも遠慮して欲しい」


 相変わらずライハルト様はお人好しが過ぎる。


「とととととんでもないです」

 慌てたように言うモモーナ。


「本当に困った時にはお願いするかもしれません。その時はよろしくお願いします」

 頭を下げるクラウス。


「ちょっと!」


 モモーナは恐縮していたが、クラウスは現実主義者だった。二人は今、結婚を前提に付き合っているらしい。

 元々貴族だったからこそ、何らかの貴族のトラブルに巻き込まれる可能性がある。そうなった場合は今の二人では解決できない。特に家族からは。


 何かあった時の保険が手に入れられたとクラウスは安心していた。二人は何度も謝罪しながら立ち去った。

 半ば操られていた様な状態であったのなら、仕方が無いとも思うが気持ち悪い。気になっていた事があってライハルト様に聞いていみた。


「ライハルト様が幼い頃から悪評ばかり流れていたそうですが、その事に心当たりはありますか」


「あぁ、私が読んだ小説でそうだったよ。強制力が働いていたのかもね」


 笑顔で言われるが、もやっとする。

曖昧だった理由が解決した様な、しない様な。ただあの頃の不気味さが増しただけだな気がする。


 ライハルト様の婚約発表の後に、アガーテ様が急にライハルト様の捉えられ方が変化したと言っていた。

 モモーナが正常になったのもライハルト様の婚約を聞いた後だった。関連はあるのかもしれない。


「ディーハルト様とカリーナ様の事ですが……」


「小説で二人は相思相愛の仲良し夫婦だった。過程はどうあれ小説と同じ様に結婚は出来たのだから、影響があっても最終的には同じじゃないかな」


 二人の仲が良いと思っているようだが、実はとっくに破綻しているらしいと噂な事は言わないでおいた。


 ライハルト様は変わらなさそうだから気が付かないのだろうけれど、お金の有無で大抵の人は変わる。

 王太子とその妃で幸せになるのと、貧乏な男爵家では大きく変わってくるだろう。


「心配しなくても、二人とは今後も関わるつもりは無いよ」

「それならいいです」


「さっきの話だけれど、実際のところは分からないし気持ちの悪い話だとは思う。でもケビンや調査部門が調査しても何も出なかった以上、これ以上調べてもね。二人には安心させる為に大丈夫だと言ったけれど……」


 あぁ、主はこういう人だったと改めて思った。


「そうそう、ケビンは小説に登場していなかったよ」


 特に気にしてはいなかったが、そう言われるとより安心する。


 ライハルト様自身はその様な事に踊らされていた事については、どう考えているのだろうか。

 それについて尋ねると、ライハルト様らしい返事を頂いた。


「今が幸せだから、考えるのは過去じゃなくて未来だよ。手の届く範囲に限られるけれど、その人たちが幸せでいてくれたら私はそれで幸せだ」


「そうですね」

「でも私がおかしくなった時はお願いね。正気に戻して欲しいけれど、フィリのこととかも色々とお願い」


「いやそれは無理でしょう」

「そう言わず。ケビンなら何とか出来るよ」


「いや、無理でしょう」

「ガサツパワーで何とか物語をぶち壊して下さい」


「何ですか、それ。考えてもわからないことは一旦忘れましょう」

「出た! ガサツパワー!」


「怒りますよ」


 今回の再調査でモモーナの実家にいる弟が、賭博にはまり多額の借金をしていたことが判明した。

 さらに父親の男爵が、その返済の為にモモーナを見つけ出して好色家に売り払おうとしていた。


 流石に不憫に思ったので、男爵に圧力をかけておいた。これで二人とも貴族でなくなったとはいえ、平穏に暮らせるだろう。

 二人は以前ほどお金がなくとも幸せそうに見えた。悪い意味で変化がないあの二人とは違うようだ。

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