第106話 ハッピーエンドの前に 1/2

 集まったのは国王の側近フリッツ、王妃の筆頭侍女シャイナ、内政、外交、予算、調査部門長の七人だ。


「詳細を聞くのは初めての者もいるだろうから、順を追って報告する。まずカリーナ様はライハルト殿下と結婚するつもりだったので、不貞の意志はなかったとして反省が見られなかった」


 フリッツは淡々と報告書にある内容をそのまま読み上げた。


「不貞の概念が書かれた本の差し入れが必要ですね。フォード卿は何をしているのですか」


 予算部門長の意見には同意するが。


「ロイド様が差し入れたが、自分は該当しないと思ったらしい。口頭の説明でも考えを変えることは出来なかったと報告が来ている」


「頭の痛い話ですね。それで?」


 予算部門長に促されたフリッツは、報告を続ける。


「最初はディーハルト殿下からの手紙を密かに読むだけだったが、積極的に返事を書くようになり、学園生活を二人で楽しもうなどとやり取りを始めた為に、フォード卿が学園入学を取りやめ、同時に除籍も決めた」


 他にも人に依存する傾向が強く治療をしているが、効果が出ていないことなども読み上げる。


「不貞の概念がわかっていない人間を嫁に出された方も迷惑だし、後始末が大変になりそうだものな」


 外交部門長が除籍に同意してから、考えを述べた。


「今は自活出来る様に指導をしているが、内容によって本人にあまりやる気は見られない。特に料理、洗濯、掃除だと報告が来ている」


「どういうつもりでしょうね?」


 内政部門長が疑問に思うのも最もだろう。最初はフリッツも困惑した。


「ディーハルト殿下が迎えに来るから、必要ないと思っているようだと。これは本人に確認した訳ではないので推測に過ぎないが、事実としてディーハルト殿下が手紙にそう書いていた」


 最近では家族や周囲にも心を閉ざしてしまい、問いかけに返事もしなくなっている。彼女の中で、自分の味方はディーハルト殿下だけなのだろう。


「見通しが甘過ぎませんか?」


 予算部門長の言葉に全員が頷く。迎えに来たとしても、使用人を雇うお金があるとは限らないからだ。


「まだ二人共十二歳でしょう? 夢見がちなのでしょうね」


 内政部門長はそう言うが、十五歳になれば現実を突きつけられるのは二人だ。夢だけでは生活は出来ない。

 その学習の為の機会を拒むのは、自分の首を絞めているのと同義だ。だがそれをいくら説明しても、本人が理解しようとしない。

 時間があるなら時間をかければいいが、今回は時間制限がある。今のままでは何も身に付かないままだろう。


「ディーハルト殿下も学園へ行かせない事も考えたが、ライハルト殿下の負担が大きくなるのでそれはやめようと思う。本人が公務をやる気なのだが、どう思う?」


 特に影響が出るのは内政と調査部門だろうと、各部門長の顔を見る。調査部門長は無言で頷いた。既に覚悟しているということだ。

 スージーからは謹慎処分になった理由を、まだ上手く誤魔化せるとは思えないと報告が来ている。


「好きなだけやらせましょうよ。ライハルト殿下の功績で、特に問題のない領地からも視察依頼が殺到しています。ディーハルト殿下が来ると分かれば減るでしょう」


 内政部門長は既にディーハルト殿下に興味を失くしている、と。


「ディーハルト殿下は、今も功績を上げれば王太子になれると思っているようです。どうやら一番の目的はカリーナ様との結婚のようですがね」


 シャイナがさらに情報を追加する。ディーハルト殿下にもう興味がないなら、今さら隠しても意味がない。

 この件は報告書には書かず、状況によって出す情報にすると決めていた。


「思いっきり公務や視察を振りましょうよ」


 予算部門長がいい笑顔だ。


「では、そういう方向でスケジュール調整をしますね」


 冷たい笑顔の内政部門長だが、ついこの間までディーハルト殿下を利用できないかと模索していたのは知っている。バレていないと思っているのだろうか。敢えてか。


「それで二人の処分だが、陛下が除籍後に結婚したいならさせた上で適当な領地を拝領。そこで親が肩代わりした慰謝料などの補填を要求するのはどうかと言って来た」


 フリッツは敢えてここで話を区切り、全員の反応を窺う。予想通りの反応だ。全員が呆れた顔をしている。


「領地収入は自分たちの過ちを償う為ではなく、領地や領民の為に使われるべきだと思いますが」


 内政部門長が真っ当なことを言う。内政部門としては当然の反応だ。


「フォード卿は陛下の提案を既に辞退した。陛下も受け取りはするが、実際に徴収した分は各種事業に分配すると言っている」


「回りくどくないですか?」

「分配するほど稼げますかね?」


 調査部門長や予算部門長から最もな意見が出る。


「慰謝料とするのは金額の大きさで間接的に自分たちの罪の重さを理解させる為にはいいと思うが、分配は最初から難しいと私は考えている」


「一応子どもの罪だから、更生の機会が必要だと? ライハルト殿下が内々の処理を認めてくれただけで既に恩情は与えられているでしょう?」


 調査部門長の言う通りではある。本来なら不貞を内々に処理するのはよくないこととされている。

 権力者の横暴がまかり通ってしまうからだが、相手はまだ十二歳の子どもたちだ。


「確かにそうですし、拝領そのものも面倒ですね」

「もう二人で一般の職にでも就けばいいんじゃないか」


 内政部門長と外交部門長がそれぞれ好きに言う。彼らにとっては二人はもうその程度の存在なのだろう。


「どちらにしろ監視は必要ですし、どうせならそれにかかる費用くらいは自分で稼いで欲しいです」


 監視費用はかなりの額になるので、これは調査部門長からの皮肉だ。


「一般職ではどうせ返せないと最初から努力しない可能性が高いので、拝領を考えている。それとライハルト殿下は優しい方だからと、そちら側から更生するならそれでいいが、そうでない場合は自滅の希望が入っている」


「なるほど。それなら被害者側の意見ですし、そうしましょうか」


 調査部門長の言葉で、拝領については全員が納得してくれた。領民だけが損をしないようにすることで意見が一致した。


「当然二人の出会いや婚約破棄の経緯は公にしますよね?」


 調査部門長が次の話をする。


「ああ。陛下も納得済みだ。さすがに病気療養中だった元ライハルト殿下の婚約者が、突然ディーハルト殿下と結婚するのは不自然過ぎる。ディーハルト殿下を除籍後、全て公表する」


「二人の結婚にライハルト殿下は納得しているのですか?」


「ええ。詳細は話していませんが、発覚当初から祝う気までは無いけれど結婚しても構わないと言っていました。さり気なく再確認してもらいましたが、考えは変わっていません」


 内政部門長の問いにシャイナが答える。


「同罪なのに片方にだけ拝領させるのは不公平な事と、ライハルト殿下は二人が結婚しても構わないと思っている事もあるが……二人が結婚しなければ、陛下はおそらく二人の不貞を公表しないままにするだろう」


 陛下の考えは甘すぎる。おそらくライハルト殿下は幸せなのだから、もういいだろうと考えている。だが……。


「ああ、なるほど。両親も一番厳しいのをお望みですか」


 私の意図にいち早く気付いた調査部門長が、悪い笑顔だ。


「まぁ、それなら面倒ですが仕方無いですね。よい罰になるでしょう」


 予算部門長もいい笑顔だ。


「次回はディーハルト殿下に何処を拝領させるか決めたいので、資料を用意しておいてもらえるか」


「わかりました」


 調査部門長と一緒に頷く内政部門長も、悪い顔をしていた。

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