第101話 裏話 モモーナ 2/2

 ライハルト殿下とフィリアナ様の婚約が夜会で発表されたと聞いた。その時、急に気が付いてしまった。


 私は、今まで何をしていたのだろうと。


 私は父が大嫌いだった。いつも愛人を侍らせ、娘に向かって女はブスだと使い物にならないから、その時は捨てると平然と言っていた。

 実際に姉は父にブスだと言われて捨てられたと聞いた。会った記憶もないが、父に少し似ていただけだったのにと古参の使用人が言っていた。


 私は美しい母似らしく、父から金持ちの男を引っ掛けてこいと言われて、王都の学園に入学させられた。

 父は私の結婚相手にお金をせびる気だったが、私にそんな気は無かった。父とは完全に縁を切りたい。


 折角レベルの高い学園へ入ったのだから、少しでもいい職に就く為に一生懸命勉強するつもりだった。

 そして、卒業と同時に家から逃げるつもりだった。


 私は母のことを何も覚えていない。私を育ててくれた使用人によると、母は父にずっと軟禁されていた。

 母は弟を産んだ後、隙を見て家から逃げた。実家には帰っていなかった。実家が母を父に売ったらしいので、当然だと思う。


 父は息子も娘ももういるし、遊ぶなら若い女の方がいいからもういらないと、母を探さなかった。

 捨てられたという事実は悲しかったが、母も限界だったのだろう。何処かで元気に生きていて欲しいと思う。


 父に育てられた弟は父に性格がそっくりだし、父は女を道具としか思っていない。家族には少しも未練は無い。

 私を育ててくれた使用人も、家族から離れていられる学園生の間に準備をして、そのまま逃げた方がいいといつも言ってくれていた。


 それなのに、私は。


 学園に来た途端、私は産まれた時から前世の記憶があったと思い込み、謎の全能感と共に婚約者がいる男性を狙っていた。

 意味が分からない。けれどそう思っていた間の記憶はある。私に前世の記憶なん無かった筈だった。


 今思い出せるのも、乙女ゲームと言われる話の内容やそれに関連する事だけ。これが前世の記憶と言えるのか。

 しかもそのゲームの記憶と現実はかなり異なっていた。この記憶は一体何なのか。会ったこともないはずの人の顔を知っていた。


 ゲームの記憶に沿って同じ行動をしたら、相手の反応もゲームの通りだったこともあった。

 だからか当時の私は、王妃なんて無理に決まっているのに普通になれると思っていた。


 自分の頭の中が恐ろしい。手遅れになる前に目が覚めて良かったとは思うが、在学期間は残り少ない。

 実家には帰りたくない。悪あがきだとしてもひたすらに勉強を頑張った。

二年間の記憶はあるが、二年間まともに勉強をしてきていなかった。


 勉強の遅れを取り戻そうとするだけでもう必死だった。周囲には遠巻きにされているし、友人もいない。

 嫌そうにしているが邪険には出来ない先生を捕まえて、わからないところを教えてもらったりもした。


 勉強の合間に、私は自分と同じ様な現象がないかを図書館で調べた。眉唾だと思って信じてはいなかったが、呪いや呪術士は確かに存在している。

 それとも私は家が嫌過ぎて、別の自分を作り出してしまっていたのだろうか。けれどどちらにしても、あのゲームの記憶が説明できない。


 勉強と調べものを並行していると、時間は幾らあっても足りない。睡眠時間を削る事を気にしている場合では無かった。

 学園を卒業すればこれだけの本を読める機会はなくなってしまうし、卒業後の自分がどうなるかも不透明。色々な意味で今しかない。


 そして相手にとっては今更だとわかってはいるが、婚約破棄となった令嬢たちにお詫びをしたかった。

 調査部門の人に説明した内容を覆せば、私はどうなるのだろう。それでも手紙を書かずにはいられなかった。


 誰からも返事はなかったが、調査部門からの呼び出しも、慰謝料などの請求も本当に何もなかった。

 ほっとしてはいけないとわかってはいるが、ほっとしてしまった自分が嫌になる。


 攻略対象だと思っていた人たちにもお詫びをしたかったが、彼らは家から放逐されていて私では今何処にいるかさえ分からなかった。

 私がこれだけ多くの人の人生を狂わせたのかと思うと、ゾッとする。


 調べる過程で記憶を少し捏造したり自分に好意を向けさせるおまじないに近い呪いは見つかったが、それらはとにかく嘘くさい。

 それに私の身に起きた出来事とは別物の気がする。関連がありそうな本は読んだが、最後まで収穫は無かった。


 勉強も頑張ったつもりだが遅れを取り戻すのに時間がかかり、そこそこの成績での卒業となった。

 評判が悪過ぎるので城勤めや貴族家での就職は除外して就職活動をしたが、それでも決まらなかった。


 商家の息子さんを巻き込んでいたことで、私の話は王都でそれなりに広まっているようだった。

 家には誰にも相手にされなかったので、自分一人で生きていくと手紙を出した。


 あの父がわざわざお金を出してまで、評判の悪い私を探すことはないだろう。

 逆にそこまでして探された時には、誰かに売られた時。見つかる訳にはいかなかった。


 申し訳なくはあったが、退学になった人たちから貰った品物を売り、それを当面の生活費とした。

 自分が恐ろしいし、あの二年間が何だったのかと気持ち悪くも思う。しかも今の自分が本当に正常な自分なのかも自信がない。


 それでも日々食べる為に、日々生きる為に、働くしかない。


 物価が高く貴族が多い王都から密かに離れ、安い賃貸に住みながら商家は避けて仕事を探した。

 訳ありだと察しつつも優しいパン屋の女将さんに拾って貰えて、私の新しい生活は静かに始まった。

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