第97話 アガーテ

 色々とあった王妃を国王が献身的に支え続けたので、二人は仲が良いと認識されている。

 王妃の口添えで国王が意見を変えたという話さえあり、王妃の中央貴族への影響力はかなり強かった。


 王妃の影響で中央貴族内では、完全に兄のライハルトを落として弟のディーハルトを上げる流れだった。

 国王もそれを止めず、完全にその流れが主流。その中で兄のライハルトの後ろ盾を続けるフォード侯爵家は、周囲に特異な家だと見られていた。


 ところが今日夫婦で参加した夜会では、中央貴族が急にライハルト様の功績についての話を聞きたがり、今からでもその恩恵に与ろうと動いている。

 中央貴族にはそういう者が多いとわかっていても、顔を顰めたくなる程の変わり身の早さだった。


 ライハルト様とクールベ殿下の婚約発表と共に、誰が王太子になるのかわからないよう情報操作をしている。

 それでライハルト様が王太子になると判断したとしても、今まで表に出なかったディーハルト殿下が多くの公務に参加している。流れとしては不自然だとアガーテは感じた。


 それはまるで、今まで押さえつけられていたものが一気に解放されたかのような状態だった。


 今までライハルト様の功績のほとんどについては隠すことなく伝えていたが、全く広がらなかった。それが突然中央貴族に広まりだした。

 今日の夜会は婚約発表の時に比べれば規模は小さいが、それでも今シーズン二度目となる大規模な夜会で、両陛下も招待されている。


「あなた……」


 会場にいる王妃からの視線がいつにも増してキツイ。つい弱い気持ちが出て、そっと夫に身を寄せる。

 自分たちのところよりも、私たちのところに多くの貴族が集まっているのが気に入らないのだろう。


 私は王妃と親しくなかったが、王妃不在の間に先代王妃に頼まれ、国の為、侯爵家の為に社交界を支えるように動いていた。

 にもかかわらず復帰後の王妃に敵視され続け、先代王妃が隠居後は必死で自分と侯爵家の立場を維持して来た。


 敵視をやめてくれれば、こちらもそこまで頑張る必要はなかった。先代王妃も諌めても聞かない王妃に呆れ、本格的に助けてくれた。

 それがまた気に入らない様子で、私たちの関係は完全に悪循環に陥っていた。先代王妃にも随分と謝られた。


 カリーナとライハルト様の婚約話が来た時も正直かなり驚いた。私の事は敵視していても、フォード侯爵家の後ろ盾は欲しいのだろうと考えた。

 これで少しは私に対する風当たりが緩くなればと思ったが、一旦は緩くなったものの僅かな間だけだった。


「不自然な程に風向きが変わったな。陛下か? いや……。違うだろうな。今日は状況が読みにくい。早めに帰ろう」

「ええ」

 夫も中央貴族の流れが変わったのに困惑している。


 あからさまに顔には出さないが、長年一緒にいればそれくらいはわかる。

 次期当主やその関係者などの若者が集まる夜会に参加していたロイドも、違和感を感じて早めに家に戻ってきていた。


「父上、母上。今日の夜会では多くの令息が私にライハルト様の功績について聞きに来ました」

「ああ。私たちもだ。陛下たちが招待された夜会で、あれ程私たちに人が集まったのは初めてだ」


 今までライハルト様の後ろ盾であることに憐みの目を向けられることはあっても、ライハルト様目当てに近付こうとはされなかった。


「急にどうしたのかしら」

 不思議で仕方が無い。


「きっかけは婚約発表だとは思うが、フィリアナ嬢について調べるうちに、殿下の功績に今更ながら気が付いた……? いや、それにしてもおかしい。正しい情報は以前から流していた」


「殿下の投資先の方たちが頻繁に夜会に参加するようになりましたし、そこから伝わる情報もあったからですかね?」

 ロイドが冷静に補足してくれる。


「我々の知らない所で、ディーハルト殿下の話が漏れているのかもしれん」


「それなら、片方の当事者でもある私たちが何も言われないのは不自然ではなくて?」

 夫はそう言うが、不貞した婚約者の方が悪く言われる方が多い。


「そうだな」

 夫も前情報無しの急展開に困惑しているようだった。


「とにかく、今は情報を集めるしかないな。アガーテはしばらく王妃陛下関連は可能な限り避けろ」


 夫も王妃からのあの視線に気が付いていた。避けられるものなら全て避けたいが、立場上そうもいかない。

 ライハルト様を理由に一人だけ呼ばれる可能性もある。それが一番面倒なことになりそうだ。


「シャイナと連絡を取って、協力してもらいます」


「ああ。ケビンにも連絡を入れて、殿下の護衛を強化してもらう必要があるな」


「はい。私が明日朝一番で登城して双方に連絡を取りましょう」


 その後情報をかき集めたが、秘匿されている情報が漏れた訳でも、裏に誰かがいるという事もなかった。

 どうも個別にライハルト様の功績を聞きつけ、慌てて集っているという感じだった。まだ安心は出来ないが、特に問題となるような話は集まらなかった。


 シーズン半ば。毎年恒例の王妃と中央貴族の各当主夫人が呼ばれたお茶会で、王妃は同じテーブルの私を事ある毎に睨んでいた。

 それは以前にも何度もあった事で、周囲からも特にいつもと違う思惑を感じる事はなかった。ただ、以前より周囲に庇われた回数が多い。


 そうなると中央貴族の動きは今までと異なってくるだろう。予想通りシーズン後半は、お茶会でも夜会でも王妃の話で持ちきりとなった。


「息子の功績を横取りなんてまさかと思っていましたが、招待したお茶会でアガーテ様を睨み続けていたそうよ」


「以前から何かにつけてみっともなく張り合って、目の敵にしていたものね」


「以前から息子を守る盾を睨むなんてと思っていたわ」


「何がしたいのかしら?」


「ライハルト殿下がフォード侯爵家用に用意していたシース織りを、勝手に他家へ売ったそうよ」


「ああ、あれね。立派な織物だったわよね。アガーテ様への嫌がらせのお陰で買えた家はラッキーよね」


「オルグチーズもライハルト殿下に黙って買い占めて、フォード侯爵家に渡らない様に嫌がらせしていたそうよ」


「聞いたわ。オルグ卿に圧力をかけて無理矢理買ったとか」


 王妃を助ける義理も無いし、ほぼ正確な情報が流れていたので放置した。

 ライハルト様の今後の為にはこの流れの方が良いだろう。


 ただ、批判が過熱し過ぎて焦った王妃に派手な動きをされると困る。

 それだけは注意が必要だと思う。信用はしていないけれど、私に味方してくれる人も増えた。

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