第83話 保養地でのんびり

 伯爵家に招待されていた、南部の領地にある保養地に到着した。


 出迎えてくれた伯爵家の人々と最初は遠慮し合っていたものの、今ではお互いのんびり過ごせる仲になった。

 北部の質素ながらも義理堅く温かい雰囲気も好きだけれど、南部の大らかで明るい雰囲気も好きだなぁとしみじみ感じている。


 ナタリーとニコールは実家に顔を出しに行ったり、ケビンとアンナには新婚旅行気分で楽しんでもらっている。

 皆で本当に保養がてら、好き勝手に過ごしている。


 俺たちはベアードが警備しやすいと選んだ、崖の上に建つこじんまりしたいい感じの屋敷を借りている。

 何もない時は、バルコニーから海を見ながらまったりと過ごす。朝陽も夕陽も堪能しました。


 ほぼ毎日フィリアナが屋敷まで訪ねてくれ、今日はリーリアも一緒に観光名所へ連れて行ってもらっている。

 ほぼ一日中一緒にいて、俺の事情を誰かから聞いたのか名前を連呼してくれるので名前を覚えた。有難い。


 しかもいつも一緒にいる時キラキラと楽しそうにしてくれるので、ちょっと勘違いしてしまいそうになる。

 これはお礼の接待、これはお礼の接待……と日々自分にちゃんと言い聞かせている。嫌われたくない。


 海に行ったり、高台にある周囲の景色が一望出来るところに連れて行ってくれたりで楽しませてくれているが、今日は森の中にある湖だって。

 毎日が本気で楽しい。伯爵家の料理人が用意してくれた昼ご飯を、シートをひいた木陰で頂く。


 贅沢な時間を過ごしている。さわさわと風で鳴る木の葉の音に、綺麗な湖から聞こえる波の音。

 リラッークス。この領地にはマイナスイオンが噴出していると思う。


「この領地が保養地に選ばれるのがよくわかるよ。料理は美味しいし景色もいいし、素敵なところばかりだね」


「ありがとうございます。今日も料理人が張り切っていましたよ。ライハルト殿下が褒めてくれるので、うきうきとわくわくが止まらないのですって」


「本当に美味しいからね~。ハノアも連れて来たけれど、料理の勉強をさせてもらうって毎日朝から飛び出して行ってるよ」


「この様な場所に永住出来たら素敵ですね?」

 リーリア。


「そうだね。毎日これではダメ人間になりそうな気もするけれど、休日が楽しみで頑張れそうな気もする」


 リーリアとフィリアナが目を合わせてにっこりしている。リーリアも楽しそうで良かった。

 侍女も一緒に食事する事を、当たり前に受け入れてくれたフィリアナに感謝。


 フィリアナの家も使用人と距離が近く、一緒に食事をすることが多いそう。王家ではダメだから、誰もいない私的スペースの時だけになる。

 パンに具材を挟んだものをもぐもぐ。ソーセージに野菜にマスタードソースがいい感じで旨い。


 ハノアに今度、これのキャベツがカレー味になっているのを作ってっておねだりしようかなぁ。

 今の状況を思い出すだけで、今後も頑張れる気がする。


「あああ、寝転がりたい」

 食後ってこうなるよね。


「クッションの用意もありますよ」

 楽し気に笑いながらフィリアナが合図をすると、男性使用人が三つクッションを持って来た。


「みっつ……」

 リーリアが戸惑っている。


「ここでは寝転がるのはよくある楽しみ方です。女性でも、貴族でも、誰も何も言いませんよ」

 フィリアナがリーリアを説得するまでも待てなくて、ごろん。


「はー最高」


「ですよねー」

 フィリアナも隣にころん。


「リーリアも早く寝転がっちゃいなよ」


 リーリアを再度説得。リーリアも俺の隣にころん。これは両手に華です。間違いなく。

 ちらっと目線を向けると、今日の護衛をしてくれているベアードが羨ましそうにしていた。


 全員でまったり過ごすこと三週間。フィリアナの家にも何度かお呼ばれして、ご両親とも仲良くなれた気がする。

 家族仲はもちろん、使用人とも仲が良い屋敷は、とても雰囲気が良く居心地がいい。嫌な所が一つもない。


 北部も環境としてはそうだけれど、あちらでは仕事の話をする事が多いし、気になる事も多くてこうはいかない。

 手荒れとか、食事が満足にとれているのかとか、収入は上がったかとか。あちらはあちらで楽しいのだけれどね。


 フィリアナとも仲良くなったと思う。フィリアナは俺が固有名詞を覚えるのに時間がかかるのを、馬鹿にするでもなく受け入れてくれている。

 しかも随所でさり気なくフォローしてくれた。そういうの、本当に助かるぅ。


 婚約するならこういう子がいいよねぇ……。フィリアナ、今はフリーになっているんだけど。しかも婿入り募集中なんですけど。

 帰りの馬車でそのことに気が付いて、今更ながらに凄く意識してしまった。でも婚約はなくなったばかりだしなぁ……。


***


「リーリアさん、明日には帰ってしまうなんてとても残念です」


 何だかんだで私が殿下を連れ出すたびに付き添ってくれたリーリアさんとは、凄く仲良くなれた気がする。


「本当に。ライハルト様がここに婿入りしてくれれば、私もここに永住出来るのですがね」

 ちょっとにやっと笑うリーリアさんも素敵。


「かなりわかりやすくアピールしてみたつもりなのですけれど、ライハルト殿下は気が付いていないみたいでしたよね……」

 距離は確実に近付いたとは思うが、友人の距離感だと思う。


「ライハルト様は周囲の環境に色々と問題がありまして、自己評価が低めなのです。気が付くには少し時間がかかるかもしれませんね」

 こういうアドバイスをさらっとくれるのも、本当に素敵。こんなお姉様がいたら、一日中べったりしてしまいそう。


「学園で中央貴族の令嬢たちに、色々と言われていますものね」

 争いに巻き込まれたくないからだとは思うけれど、あからさま過ぎてちょっとどうかとは思っていた。


「以前婚約されていたカリーナ様も、ライハルト様に全く興味がない方で」


「えっ!?」

 そんな事ってある!? あんなに穏やかで優しい人なのに。


「王妃になることしか考えていなかったようで、病気療養にならなくともそのうち婚約はなかったことになっていたかもしれません」

 政略結婚なら、そういう事もあるかもしれないけれど。それは寂しい。


「あの、ライハルト殿下はカリーナ様の事をどう思っていたのでしょうか……」


 リーリアさんに聞くのは卑怯な気もするが、今の私の距離感では本人には聞きにくい。

 それに病気が原因なら、ライハルト殿下が今もまだカリーナ様の事を大切に思っている可能性もある。


「会うたびに扱いに困っていましたよ。大丈夫です、フィリアナ様。初恋もまだだと思います」

 リーリアさんの言葉に、カリーナ様には申し訳ないけれどとても嬉しい気持ちになった。

 是非、私と初恋を! がんばろっ!

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