第84話 抜け道

 カリーナと会っていたことを周囲に内緒にしていたことで、ディーハルトの監視は厳しい状態が続いている。

 謹慎処分についても、いつまでなのかという話すらない。淡々と城で勉強をするだけの日々になっている。


 侍女もほぼ入れ替わり、私的スペースの雰囲気も随分と変わった。単純に人数が減ったこともあり、静かだ。

 謹慎中なので手紙は公務関係のみに限られ、仲良くしていた側近に手紙を出すことも出来ない。

 窮屈ではあるけれど、十歳になれば勉強の時間が増えるのは予定通り。勉強を頑張るしかなかった。


 筆頭侍女のスージーには、自分がどれだけ馬鹿なことをしていたのかを教えられた。カリーナと処刑される可能性があったと知って、ゾッとした。

 両親やスージーに、早い段階で相談すればよかったことも教えられた。兄上の婚約者が好きだなんて、相談しようとも思わなかった。


 相談していたら今の状況は変わっていたのだろうか。カリーナが私の婚約者になり、今も二人で笑っていられたのだろうか。

 後悔しても遅かった。これからは、勝手な行動をしないようにとスージーにきつく言われた。


 私やカリーナの今後については、何度聞いてもまだ未定だと言われて何も教えられていない。

 一日中カリーナのことが頭から離れない。勉強に集中出来ず、教師たちをがっかりさせてしまっている。


 私は謹慎処分中でも監視さえ受け入れれば多少の自由はあるし、公務で外出することもできる。

 けれど、病気を理由に婚約者を辞退したカリーナはどうなっているのだろうか。屋敷の一室に閉じ込められたりしていないだろうか。


 カリーナのことが気になり、出せもしないのに手紙を書いた。それこそ何通も何通も、毎日。出せない手紙がどんどん溜まっていく。

 自分ではどうしようもならないくらいに、カリーナが好き。どうして泣いているカリーナのフォローもしないような兄上が、婚約者だったのか。


 自分だったら。自分が婚約者だったなら。そもそも最初からカリーナを泣かせたりはしない。

 カリーナが無事でいるか、辛い思いをしていないか、そんな質問を手紙に書き連ねてしまう。


「この手紙は出す分ですかぁ?」


 ちょっと間延びした話し方をするこの侍女は、私が謹慎処分になってから配属された新人の侍女だ。


「いや、これは……」


 言いかけて思った。この侍女は私の事情は何も知らない。ただ言われたことをこなすだけの新人。

 彼女は気は利くが、仕事は雑なところがあり、度々スージーに注意されているところを見かけている。


 宛先をフォード侯爵家にすれば流石に公務か疑われるだろうが、住所にしたらどうだろう。

 貴族の屋敷に手紙を送る場合、特に王都では家名を書くだけで届くので、わざわざ住所を書く事はしない。


 彼女は地方貴族出身で王都には詳しくないと言っていた。宛先の住所を見て、それが何処なのかを手間をかけてまで調べるだろうか。

 いや。きっとしない。今までの彼女の仕事ぶりを見ていればそう思える。彼女に渡せば誰にも知られずに、カリーナに手紙を送れるかもしれない。


「まだ書き途中なんだ。書き終わったらお願いできるかな」

「わかりましたぁ」


 出せない手紙を書いていることはスージーに知られているから、他の手紙とうっかり混ざってしまったのだと言えば一度は言い逃れが出来る。

 宛名もカリーナには出来ないが、カリーナの専属侍女ローズ宛にすればいい。応援してくれていたローズなら渡してくれる。我ながら名案かも。


 それからカリーナ宛の手紙を新たに書いた。カリーナに届くと思えば聞きたい事も伝えたい事も多過ぎて、分厚い手紙になった。

 念の為にスージーが休みの日で、簡単に住所を確認出来ないタイミングを狙って新人侍女に手紙を渡した。


 時間も手紙を回収に来るギリギリを狙い、急ぎだと束で渡した。しばらくはバレないかドキドキしていたが、大丈夫だったみたいだ。

 カリーナが返事を出す時に、差出人をどう誤魔化せばいいかの具体的なやり方も手紙に書いておいた。


 返事は来るだろうか。来て欲しい。そうでなければ心配でたまらない。しばらく待ったが、返事は来なかった。

 けれどまだバレていないのだから、まだこの方法が使える。


 その後も機会があるたびに手紙を出していると、待ち焦がれていたカリーナからの返事が来た。

 カリーナは丁寧な字で自分の近況を書いてくれていた。思っていた通り自宅で軟禁状態だったが、そこまで不便な思いはしていないようだ。


 手紙の返事が遅かった理由は書かれていなかったが、ローズが侯爵家を解雇されていたからだろう。

 妹のリリーはまだ侯爵家におり、これからはリリーが手紙の橋渡しをしてくれると書いてあった。ローズが解雇されているとは思わなかった。


 文面からもカリーナがとてもローズを心配しているのが伝わってくる。こちらで探して保護出来ないかと書かれているが、難しい。

 誰かに頼めば、何故ローズの解雇を知っているのかと聞かれる。それに私は答えられない。


 急を要する案件なのはわかるが、私の謹慎が明けるまでは無理だろう。残念だが、そう返事するしかない。

 カリーナも私の状況を心配してくれているので、返事にはこちらの近況を多く書こう。


 カリーナからの手紙は、よく慰問に行く孤児院から届いたように偽装してもらっている。

 普段からマメに手紙が届く所なので、何度かは大丈夫だろう。けれど続けるのは危険だ。今後の方法も考えておかなければならない。


 こちらから出す手紙はスージーが休みの日に新人侍女に託すしかなかったが、何度も母上と一緒に孤児院へ慰問に行って気が付いた。

 母上との外出先にスージーはついてこない。孤児院の子どもにお小遣いを渡して手紙の受け渡しをお願いすれば、快く引き受けてくれた。


 母上はいつも院長とだけ話すし、私はその間子どもと遊ぶことが多い。護衛はいるが、大勢子どもがいるし狭い孤児院では死角も多い。

 孤児院を利用して、頻繁にカリーナと手紙のやり取りが出来るようになった。母上は慰問に熱心な私を褒めることはしても疑うことはない。


 スージーにもいい感じに言い訳が出来たし、このまま部屋に閉じこもっているだけでは私は駄目になる。

 カリーナとのやり取りは、最初はお互いの心配と近況報告だったが、段々とそれだけではなくなって来た。


 カリーナとの手紙が今の私を支えてくれている。けれど、このままでは二人が結ばれることはないだろう。

 私から遠ざける為に、中央にあまり出て来ない地方貴族とカリーナが婚約させられてしまうかもしれない。


 二人は愛し合っていると、折を見て今度はちゃんと両親やスージーにも相談しようと思っている。

 話をしてもどうなるかはわからないので、カリーナにも覚悟を決めてもらわなければならない。


 さすがに兄上と同じ城にはいられないだろうから、拝領するか……今回の失態を超える功績で、兄上から王太子の座を奪うか。

 カリーナを好きになってからずっと考えていた。評判の悪い兄上よりも私の方がいいのではないかと。


 カリーナは王妃になるべく勉強を頑張っていた。その努力を無駄にさせたくない。

 どうしたら有利な功績を積み重ねられるか、スージーに相談してみよう。学園を卒業するまでの間に、どれだけの功績を積み重ねられるか。


 そこに二人の未来がかかっている。

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