第85話 溜息しか出ない

「スージー様ぁ、残念ながらディーハルト殿下からフォード侯爵家宛の手紙を渡されましたよぉ」


 そう言ってクレアに手紙を渡された。住所だけを書き宛名を侍女のローズにすれば、気付かれないとでも思っているのだろうか。


 幼い頃から天才だと言われて育ってしまったが故に、大人に相談しない十一歳の暴走が続いている。

 煽てるだけの侍女は陛下の協力で穏便に排除できたが、その陛下がディーハルト殿下を未だに天才だと思っているが為に暴走が止まらない。


「ありがとう。預かるわ。今日中に相談して、遅くとも明日には出すようにするから」

「はぁい」


 謹慎中のディーハルト殿下を、陛下の命令で表立ってと裏からの両方から監視している。

 今回の件はあまりにも王族としての資質に欠けていた。陛下が資質を見極める為にクレアが用意された。


 ディーハルト殿下が秘密裏に何かをしようとした時、自然と彼女に目がいくように誘導している。

 その誘惑に勝てるかどうか。十一歳には厳しい処置だと思うが、王族なら子どもでも破ってはいけないルールがある。


 カリーナ様への接触は、今回一番破ってはいけないルールだった。

 

 クレアは私しかいない時は一流に早変わりする。その働き方は実に素晴らしいと私は思う。


「ねぇ、その間延びした話し方、直せないの? 勿体ない」


「この話し方はぁ、私の武器でもあるのですよぉ。練習しているうちにぃ、今では普通に話す方が難しくなってしまったんですぅ」


 聞けばこうやって愚かな女だと油断させて、情報を引き出したり見聞きしたりするそう。


「やる気があるのなら、直ぐにでも優秀な侍女になれそうなのに」


 監査部門に比べれば、分かりやすく護衛がいる分危険も少ないし、給料だって悪くないはずだ。


「勘弁して下さいよぉ。私は監査部門が気に入っているんですぅ」


「残念ね……」


 本人の資質も重要だけれど、私はやる気が一番重要だとも思っている。

 ライハルト殿下は王太子になるのを望んでいるようには見えないし、ディーハルト殿下のやる気と王妃陛下の後押しがあればと思っていた。


 ライハルト殿下は記憶力がよろしくないと聞いている。様々な人と会わねばならない立場に、本人も向いていないと気が付いているのだろう。

 暗記が必要な勉強関連は苦手でも、愚かではないと見ていればわかる。今ではよっぽどディーハルト殿下の方が愚かに見える。


 ディーハルト殿下が城に残ると決めた時も、単純に王太子を目指す為だと私は勘違いしていた。

 婿入りや拝領予定で婚約すると、後々相手に迷惑がかかると考えられる優しい子だと思っていたが、とんでもない。


 まさかライハルト殿下の、兄の婚約者を略奪する為でもあったなんて……。それに気が付けなかった自分があまりにも情けない。

 ディーハルト殿下は大人しい幼少期を過ごした。成長して、少年時代特有の探検したいような気持が湧いて来たのだと最初は思っていた。


「そう気を落とさず。私は監査部門でそれなりに場数を踏ませてもらっていますが、大抵子どもというものは、親に隠し事をするものですよ」


 私は親ではなく乳母。それでも実子と同じ様に愛情を注いだつもりだった。それでも足りていなかったのだろう。


「やっぱり普通に話せるんじゃない」


「まぁ、使い分けですね。真面目な話ですから。悪いことだと認識していればいるほど、子どもは親に隠し事をしがちです。そして、自分ではどうにもならない状況になってから大人たちに言うのですよ」


「それは、あるかもしれないわね」


「ここに自分を真剣に叱ってくれる人がスージー様しかいないと、無意識に感じているのではないでしょうか」


「第二王子は大変な立場だから、飴と鞭のつもりではあったのだけれど、上手くいかないものね……」


「私は子育て未経験ですが、子育てに正解なんてないと思いますよ」


「でも……成功か失敗かで言うなら、私は失敗したのでしょうね」


「私個人の意見ではありますが、外から見ていると本当の両親が一番ダメだったと思いますよ」


 責任転嫁みたいだから考えないようにしていたが、特に王妃陛下は母親としても王妃としても微妙な気はする。

 ディーハルト殿下が何をしても怒らずに褒めるだけ。王太子にやる気を見せる息子を応援するのかと思えば、黙認して思いきり足を引っ張る。


 ただの愚かな人物にしか見えない。行動に一貫性もないし、息子を溺愛しているのか、処刑したいのか。

 おそらくただの溺愛だとは思うが、あれでライハルト殿下も平等に愛していると言われると、白々しいにも程があると思ってしまう。


 それでも本人は至って本気だというからなお悪い。正直王妃陛下は私には理解出来ない生き物だと思った。

 母でもなく、王妃でもない。言い方は悪いが、ペットを気まぐれに溺愛しているように思える。


 国王陛下は子に対する愛情が平等に薄い。そして事あるごとに二人が争うようにけしかけていた。

 正しく切磋琢磨するよう仕向けるならまだしも、あれでは子どもが歪むだけだと思っていた。


 だからせめて私だけでもディーハルト殿下を愛し、支えていきたいと願っていた。けれどそれはもう、叶いそうもない。

 私はクレアに渡された分厚い手紙を持ち、重い足取りでシャイナ様の元へ向かう。今の私に出来る事は、行く末を見守るだけ。

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