第86話 シャイナ様と私の決意
シャイナ様に手紙を渡し、一緒に内容を確認して二人で渋い顔になってしまったのは仕方のないことだろう。
内容がどこまでも自分たち本位。それに尽きる。反省も、ライハルト殿下の温情への感謝も何もない。
シャイナ様と揃って溜息をつき、無言でお茶を淹れた。この手紙の内容では、ライハルト殿下と陛下が与えてくれた温情は無駄になるだろう。
「私はあなたの失敗は、ディーハルト殿下が教師に褒められた時に止めなかったこと。その一点だと思っています。そしてそれは、教師の選定に関わり、事前に教師に注意をしていなかった私の失敗だとも思っています」
それは違う。私が直ぐに止めていれば済んだ話だ。自分が王太子の乳母になれるかもしれないと浮かれていた。
私が放置したことで、その先がどうなるかの想像力が足りなかった。シャイナ様に指摘されて漸く気が付いた。
しかもその後、私は周囲を抑えられなかった。ディーハルト殿下の為にと思って選んだ侍女たちは、私の言うことを表面上でしか聞かなかった。
私の想像力不足に人選ミス、力不足。全て私の失敗と能力不足。
「いえ、私が欲を出したのがいけなかったのです」
「真剣に働いていれば、上を目指して欲を出すのは大半の人間がやることよ。そのことで自分を責めるのはやめて。陛下たちを止められなかった私の方が罪が重いわ」
シャイナ様は自分にも他人にも厳しい完璧主義者。自分のことが許せないのだろう。
だけれど、そんな人だからこそ私はシャイナ様をずっと尊敬している。
「それに私が遅れながらも異変に気が付いた時、スージーやその周囲の行動全てを陛下たちに報告しました。陛下たちの判断はそのまま放置でした」
私は自分の子どもたちに迷惑をかけない状況であれば、ディーハルト殿下と共倒れする気でいる。
けれど、最後にどうしても聞いておきたい事がある。
「……私を、ライハルト殿下の乳母に選ばなかった理由を聞いてもいいですか?」
それはずっと気になっていた事だった。当時の私は自分を優秀な侍女だと思っていた。
今なら能力不足だったからだとはわかるが、それでもシャイナ様の口からその言葉を聞きたい。
「第一王子が周囲からの圧力に負けない為には、アリシアのように朗らかで大雑把な子の方が良いと思ったの。あなたは自分にも厳しいけれど、人にも厳しい完璧主義者。第二王子は立場上、自分がスペアでしかないことに悩むことが多いし、周囲からの余計な囁きや提案も入ってくる。それらをあなたなら上手に捌き、正しい道へ導けると思ったの」
自分の事をきちんと認めてくれていたという喜びと、それに報いることが出来なかった不甲斐なさで申し訳ないやら、嬉しいやら。
そうか、アリシアと私では……。確かにアリシアでは、有象無象をいい様に捌くのは難しかったでしょうね。
真っすぐで正直なアリシアでは、寄って来た有象無象を利用するなんて考えもしないでしょうし。
「全く期待に応えられませんでしたね。申し訳、ございません……」
「いいえ。今回の件は両陛下にも責任があります。ディーハルト殿下と一緒に落ちていくつもりなのでしょう? それは私が許しません。一緒に落ちるべきは両親です」
私の決意を見抜かれていたようだ。
「ですが……」
「私もね、スージーと同じ考えだったの。でもアンナに止められたわ。そんな事を考える暇があったら、被害者になっている子どもたちの事を考えて下さい、ライハルト殿下はそんな事を望むような小さな男でもないってね」
アンナはディーハルト殿下も被害者だと考えてくれているのね。有難い。
「そうですか。ですが、シャイナ様と違って私は……」
完全に加害者側だ。王太子になりたいディーハルト殿下を後押しし、ライハルト殿下の悪評もある程度放置した側。
「いいえ。この間ライハルト殿下と話すことがあってね。陛下たちは筆頭侍女に逆らえないの? 違うでしょう? って言われたの。子どもに関する事の最終決定権は親である両陛下なのに、どうしてシャイナが責任を取るの? って」
当然のことだと思っていたけれど、ライハルト殿下が納得出来るような返答が出来なかったとシャイナ様は清々しく笑っていた。
私もディーハルト殿下の筆頭侍女として、自分が責任を取らなければとばかり考えていた。
「しかもね、周囲の意見を聞かずに自分の意志だけで突き進んだ場合は、本人の責任じゃないのかって言われたのよね。普通の仕事で考えて、上司がした仕事のミスだけを部下に押し付けてきたらどう? って」
具体的に言われれば、事前相談やこちらの進言を受け入れずに行ったことなどで、責任だけをこちらが被るというのは確かに腹立たしい。
考えに考えて最良と思った事でも、失敗する事はある。その時に主の立場を守る為に敢えて部下だけが責任を取る事はある。それは国の為に必要だから。
けれど陛下たちはシャイナ様や側近の進言は一切受け入れなくて。
けれど、私は加担した側で。
「しかもね、人は誰もが失敗をするもので、それが許されにくい立場にいるからこそ、自分たちは周囲に人を多く置いていると」
「……ライハルト殿下は、随分と大人びた思考を持っていますね」
「そうなのよ。スージーの話を少ししてみたら、陛下たちは止めなかったし、止める協力もしなかった。それは陛下たちの意向が止めることではなかったからでしょうと」
たとえ私が暴走しても、両親が出てくれば止められたはず。それをせずに放置したのは両親だとも言ってくれたそう。
「そんな……」
「しかもね、悪評には確かに困っているけれど、王太子になりたくない自分にとっては悪い話でもなかったとまで言ってくれたわ」
涙が出た。本当は苦しくて辛くて堪らなかったはずなのに、それでも加害者にそんなことを言ってくれるなんて……。
「優し、過ぎますね……。為政者になるには心がもたないかもしれませんね」
「そうなのよ。だからね、スージー。あなたにも協力して欲しいの」
シャイナ様が真剣な顔で言った。
私は内容を聞く前に頷いていた。ライハルト殿下の為にも何かしなければ。そんな気持ちだった。
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