第90話 もじもじする
男は度胸。そう前世の姉ちゃんによく言われていた気がする。それと同じくらい女は度胸とも言っていた気がするが、それは置いておく。
チャンスの女神には前髪しかないので、向かってくる時に掴まなければならないって言うし。
通り過ぎてから慌てて捕まえようとしても、後ろ髪がないので掴むことが出来ないって言うし。
初めて聞いた時にどんな見た目の女神様だって思ったけれど、言いたいことは良くわかる。
だけれど、初対面の女神様の前髪をいきなり掴むなんて失礼じゃない? そりゃ躊躇もするわ。
せめて先に声を掛けたりさ。通り過ぎた後もせめて服を掴むとか……。もしかして、女神様は真っ裸なの?
前髪だけの真っ裸の女神様? いやいや、後ろ髪があったとしても服以上に掴みやすいとなると、強風に吹かれている場所で出会うの?
いや、それとも凄いスピードで……。短距離走選手のフォームで颯爽と走り去る、真っ裸で前髪だけの女性が一瞬頭に思い浮かんでしまった。
いや、これ以上はやめておこう。一瞬浮かんだあれは女神様ではない。チャンスの女神様に嫌われる。
姉ちゃんが独特の女神様のイラストを描いてくれたことまでほわっと思い出してしまった。今でも思い出し笑い出来るレベルでシュールだった。
緊張し過ぎて思考が脱線しまくっている。今日は学園に来たケビンを確保。城でするより学園の方がいい気がした。
自分に何とか勢いをつけて、ちゃんとケビンに今後の事を相談しようと思う。フィリアナが自分を気に入ってくれているかは置いておいて。
いや、流石に気に入ってはくれていると思う。仲良しだと思うし。結婚してもいいと思うくらい好いてくれているかどうかを置いておこう。
貴族女性は色々な行動がはしたない扱いをされるので、アピールそのものが控えめなのが普通。
あまりに控えめ過ぎて自信が持てなかったが、エヴァンとカールのお陰で勇気が持てた。だけれど。
「もじもじしていないで、さっさと話して下さい。時間は有限です」
ケビンが容赦ない。ケビンが相手だと家族に好きな人が出来たって言うみたいで、妙な気分になるんです!
前世の記憶があるせいで、何この状況って思ってしまう。本人に告白する方が気楽な気さえするくらい、もじもじした気分になる。
王族や貴族はお付き合いしたければ婚約してからになるし、婚約するってことは結婚するのが大前提。
だから好きな人が出来たら家族に報告するのが当たり前。
わかっちゃいるけれど、相手の気持ちもわからない段階で家族に報告するのって微妙じゃないですか!?
俺がせめて普通の貴族で、周囲がこんな状況でなければ今の段階で言わなくても良かったのにとも思う。
しかも基本的には一度の婚約で人生の伴侶が決まる。お互いに一度失敗しているが。それもあってじっくり考えた。
考えた上で、フィリアナが良いと思った。好きという気持ちは勿論だけれど、お互いに今後も良い関係を続けるにはお互いの努力が必須だと思う。
そういう意味でもフィリアナと俺は相性が良さそうだなとも思った。
さて、そろそろケビンが本気で焦れている。覚悟を決めて話そう。
「えーと、本格的に王太子になるのが嫌になりました」
たとえフィリアナがいいと言ってくれても、あんな場所にフィリアナを連れて行きたくない。あの両親だし、ずっと振り回される気がする。
それでフィリアナの後釜が決定しているのに俺が王太子になれなかったら、謝っても謝り切れない大惨事になる。
フィリアナは優しいし、一度は自分が捨てた地位だからと伯爵領を後釜の人に譲るだろう。譲られた方も気まずいだろうし、いいことなし。
そもそもフィリアナは婿を探している。俺が王太子から逃げられたと確定するまでは、前に進めない可能性も高い。待たせた挙句、すみませんも嫌。
この話は全部、俺の気持ちをフィリアナが受け入れてくれた前提ですけどね。
考えていて恥ずかしいけれど、先のことはちゃんと考えておかないと。人の幸せを邪魔してしまった後悔だけはしたくない。
「それで?」
「えーと、出来れば婿入りしたいなって。それでですね……」
そっとケビンの顔を見たら、そこから先が言い出せなくなった。
「はっきり言って下さいよ、フィリアナ様が好きなんでしょう!」
ケビンに先に言われてしまったが、そっと頷いておく。凄く恥ずかしい!
「気持ち悪いからやめて下さい。どこの乙女気取りですか」
「酷い、ケビン!」
後ろに控えていたリーリアが、そっと俺の肩に手を置いた。
「ライハルト様、皆とっくに気が付いていましたよ」
リーリアに止めを刺されてライフはゼロ。皆気が付いていたなんて恥ずかしい!
「いつになったら自覚して、自分から言い出してくれるのか、全員で全力で、今か今かと待っていました」
リーリアの追い打ちがきつい!
「大体、私たちは一緒にいる時間が長過ぎて、ほぼ隠し事が出来ない状態。ケビン様の時もバレバレだったでしょう?」
流れ弾でケビンがダメージを負っている。これは……リーリアは我慢出来ずに先に言ったケビンに怒っている……?
「うん。バレバレだった」
ケビンからもぐぅって変な音が出た。ケビンも恥ずかしかったのね。
「ですよね。ずっと仕事中もちらちらちらちらとアンナさんを意識して。いいところを見せようとして変に張り切って失敗したり……」
ケビンの過去がどんどん暴かれていって、ケビンのライフがどんどん削られていく。それがライフがゼロになるまで続いた。
容赦のないリーリア。やっぱり怒っていたんですね……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます