第76話 見たいことしか見なかった結果

「ぐっ、足を使うなど、卑怯だ!」


「いきなり斬りかかって来た癖に、何を言っている。頭がおかしいのか。騎士の募集要項も見ていないのか」


 周囲も驚いている。だよね。剣術と体術が一定レベルに達していないと、試験に合格出来ません。


「敵に向かって、足を使うのは卑怯だとでも言うつもりなのか?」

 すぐ死ぬわ。


「ぐっ、」


 起き上がろうとして、令息はようやく気が付いて顔を青ざめさせた。既に令息の首には、熊さんの抜いた本物の剣が当てられている。

 俺の隣にもいるし、捕縛の準備も既に終わっている。彼が立ち上がるのを待つだけの状態。


「護衛対象より弱い者など論外だ。連れていけ」

「はっ」


 彼は既に控えていた学園の警備に引き渡された。調査部門の騎士より、学園の警備さんの方が優秀。


 俺がキレ散らかしていたから、熊さんたちがやらせるだけはやらせてくれた。

 明らかに実力差があるので見逃してくれた形だと思う。本当はダメなのに、申し訳ない。


「私が直接手を下すのを見逃してくれてありがとう。お陰で少しは溜飲が下がったよ」

 熊さん四号にお礼を言う。


「本来は職務上許されない見逃しですが、ここまで実力がなければ途中介入も可能でしたので。我々の職務怠慢をお許し下さい」


「私の気持ちに配慮してくれた結果だから、気にしないで」


 伯爵家は除籍してて正解だったよね。除籍済みとはいえ未成年だし、除籍直後でもあるから親にも多少責任がいきそうな感じ。

 けれど弟が首の皮一枚でも繋がるよう、弟を滅茶苦茶気に入っている辺境伯が頑張るはずだ。

 今回はほぼ調査部門のミスになるだろう。煽った俺も悪いけれど、近付けた方がもっと悪い。


「すっ」

 す?


「すっげー格好良かった!!」

 ゴードンがほっぺをちょっと赤くして言う。大興奮のもよう。


「木剣を弾き飛ばしたの、マジすげぇ!!」


「本当は反撃を防ぐために指ごといくんだけど、骨折させちゃうしね~」

 ちょっと照れる。嫌な気分が吹き飛んだ感じ。


「ライハルト様」

 熊さんからの呼び掛け。


「あ、うん。わかった。事情説明に行って来る」

 俺じゃなくて熊さんが行くのだろうけれど、護衛の関係で部屋に戻らなければならない。


 その後、あの場に居合わせた騎士になりたい令息たちが、積極的に話しかけてくれるようになった。

 集団だと筋肉が暑苦しいが、元々ゴードンと仲良くしていた地方貴族出身の面々で、気のいい人たちだった。


 身分が高い人と繋がりを持って入団試験で忖度ゲット! という考えを持たず、実力で合格を目指す爽やか集団。

 単に俺とは直接関わりが無いから話しかけて来なかっただけで、ゴードンに頼まれて、度々俺の噂払拭や情報収集に協力してくれていた人たちだった。知り合いゲット!


 そんで彼だが、本気で騎士になりたかったらしい。俺に勝負を挑んだのは、才能を周囲に認めてもらいたかったとかなんとか。無いわー。

 俺は護衛対象側なのだから、才能を認められたいのならせめて学園の警備や熊さんの誰かに挑めよと思う。


 俺の側近候補だと言っていたのは、唯一自分の優秀さを誇れる肩書きだったかららしい。お断りされた時点で誇っちゃだめでしょうが。

 しかも俺に挨拶に来なかったのは、俺の噂を知っいて周囲の中央貴族と足並みを合わせる為だった。


 自分たちが優秀過ぎるあまり、あんなクズ殿下の側近候補にされて辛いわ的なことを皆と言い合っていたそう。

 婚約者が関わっていない部分での彼らの素行は、報告すべき内容が多過ぎて学園の警備から直接父上の側近に報告されていた。


 彼は聴取中に誰も聞いてもいないのに、モモーナを愛しているとかも言っちゃっていて、担当者も呆れているらしい。まずは自分の将来の心配をしようね。

 まだ未成年だし、自分がどれだけおかしいか丁寧に説明してもらっているのに、全く理解出来ていないそう。


 本気でヤベー奴っているんだなと思った。俺への攻撃は本来厳罰なのだけれど、木剣だったことや俺が煽ったこと、弟くんの将来や本来の被害者である辺境伯家側の働きかけもあり、そこからはギリギリ逃れられそうな感じ。


 今のままだと野に放つのは危険と判断されて、費用は伯爵家持ちで更正施設入りになりそう。

 更正施設で改善が見られないまま成人した場合は、管理就労所に連れて行かれて働く。我が国、体が健康な人にタダ飯食らいは許さないのだ。


「結局彼は私の側近になって、騎士団に入団して、伯爵家を継いで、近衛騎士になって、それから辺境伯家の令嬢と結婚して、領地を丸投げにして、モモーナを現地妻にするつもりだったの? あ、側近はフリだけか」


「聞いているだけで馬鹿丸出しですね」

 ベアードの報告を一緒に聞いているケビンも呆れている。


「伯爵家の跡継ぎとして、婚約者と結婚するつもりではあったようです。それに自分の夢である騎士と男爵家令嬢も手に入れる的な何か、です」


 伯爵家と騎士団長が弟込みでお詫びと感謝に学園へ来たけれど、兄だけが異質だったんだろうなって感じた。


「あそこの父親も騎士の才能には恵まれなかったらしいですが、父親は弟を誇りに思って応援していたそうです。弟に才能で負けている兄が、歪になる気持ちがわからなかったんでしょうね」

 ケビンのまとめ。あの男、周囲に自分の本音は一切語っていなかったらしい。


 学園入学前はちゃんと今の立場に納得していて、弟を応援する態度だったというから更にヤバい。

 学園でのあれこれも、全て自分の都合の良い内容を伝えていたそうだ。


 学園の警備からの家への忠告に対しても、辺境伯の令嬢が婚約者なので周囲から妬まれているとか、モモーナが一方的に自分に好意を抱いているとか。

 同じ境遇の自分が全く持ったことのない感情を息子が持っていて、それを隠すのだけは上手となったら、あのヤバさに気が付くのに遅れたのにも納得。


「ライハルト様と辺境伯の働きかけで、伯爵家自体には金銭のみの罰則になりましたから、弟の将来の道が残されたと感謝していましたよ」

 ベアード。弟くんが家を継ぐのか騎士を目指すのかは不明だけれど、家の醜聞があるとどちらも大変だもんね。


「煽っちゃったからねぇ。私があの男を無視していれば起こらなかったことでもあるし、伯爵家には逆にちょっと申し訳ない気もするよ」


「あれを野に放つ方が迷惑でしょう。それに、調査部門所属の騎士がそもそも……」

 ベアードの愚痴が始まってしまった。


 調査部門の騎士の失態もかなり問題視されていて、今回の決定にも大きく影響を与えているそう。

 まぁそういうことで、彼は最終的に更生施設送りになった。

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