第75話 煽っちゃった

 放課後。ゴードンの強い希望で、騎士団への入団希望の生徒たちが自主練している場所へ連れて来られた。

 ゴードンがそこで俺と自主練をしたいらしい。面白がったカールとエヴァンも付いてきた。

 二人も俺から教えてもらって、ゴードンを投げ飛ばしたいらしい。気持ちはわかる。三人で楽しくやっていたら、突然令息に話しかけられた。


「ライハルト殿下、手合わせをお願いします」

 ゴードンたちがピリッとした。


「……誰?」


 相手は俺の言葉にムッとした顔をしている。マジで誰だ。親しくない人に話しかける時は、名前を先に名乗るのが常識ですよ。

 俺が全校生徒の名前と顔を覚えているなどと思うな! うっ、昔の貴族の丸暗記という嫌なことを思い出した。


「あれだよ、辺境伯家令嬢の元婚約者」

 カールが辛辣に言う。


 令息がカールを睨んだために、ゴードンが完全に相手を威嚇している。エヴァンも静かに睨んでいる。


 ピリッとした雰囲気に納得。廊下で周囲の迷惑になっていたところを目撃した、辺境伯家令嬢。

 破棄前でまだ婚約者だからと注意をしたら、切れたこいつに突き飛ばされたらしい。

 辺境伯家令嬢もそれなりに鍛えていたので、突かれても飛ばなかったらしいが問題はそこじゃない。


 しようとしたことが問題。それが二日前の出来事で、話し合いは途中だったが即座に二人の婚約は破棄された。

 既に婚約は破棄され、伯爵家からも除籍。退学になっている筈なのに、何故ここに? と周囲を見渡す。


 すっと一人の騎士っぽい男が歩み出て来た。誰だよ。


「伯爵家より依頼を受けた、調査部門第四所属の騎士です。本日は学園にある彼の荷物の引き取りで、この場に剣や防具を保管しているとのことで……」


「それで? 何故殿下の前にいる」


 俺の熊さんが、不満そうに話を引き取った。俺に話しかける前に対処するのがこの人の役割だもんね。

 俺の熊さんたちは、きっちり対応出来る距離に来ていたもんね。熊さんが厳しい表情で名前などを確認している。あっちは任せよう。


「何故、私に手合わせを?」


 自分でもわかるくらい低い声が出た。無視とか暴言も大嫌いだけれど、暴力とかマジで許さん!


「……私は、近衛騎士になりたいのです」


「だから?」

 こいつ、本気の馬鹿だな。


「私は近衛騎士になりたいのです!」

 大きな声でもう一回言ったからって何なの。馬鹿なの? お陰で? 怒りがちょっと収まったけれど。


「だからどうした。私には関係ない」


「シェリーですか! 私を恨んだシェリーが手を回したのですか? 騎士への道を閉ざされる訳にはいかないのです!」


 とっくに騎士への道はがっつり閉じている。人のせいではなく自分のせいで。マジでイラつくなこいつ。怒り再燃。

 しかもそれで何故俺に手合わせを申し込む。まさか俺に、素晴らしい腕だ今すぐ俺の近衛騎士になれとか言われるのを期待しているとか?

 絶対にあり得ないんですけどー。


「騎士は清廉潔白で誠実な人柄であることが必要最低条件だ。自分がそれを満たしているとでも? 婚約者を無視し、暴言を吐き、突き飛ばす。別の女性と親しくしている。そんな者が騎士になれるはずがないだろう」


「……あれは、シェリーが!」

 あかん、イライラが止まらない。


「人のせいにするな。学園にいる警備を何だと思っている。彼らは騎士団所属の警備部門配属者。未来の同僚足りえるかも公平に見ている。君は応募書類に名前を書いた時点で不合格だ」

 だんまりなのでどんどん言う。


「そもそも、私の側近候補でもないのに側近候補と言いふらす、その時点で不合格だ」

 周囲がざわっとした。


「私は、確かに、側近候補でした!」


「三回会った時点で断りを入れている。それでは候補だったとも普通は言い難いと思うが?」

 多少端折りましたが事実です。


「それが私には伝わっていませんでした!」

 だから何だと言うのだろう。話が全く伝わらなくてイライラする。


「忘れていたの間違いだろう。君の弟は覚えていた。それに、君は跡継ぎに指名されている。王子の側近になる条件も知らないのか? だったら教えてやろう。跡継ぎが側近になるには他に代わる人がいない程優秀であること、領地が王都に近いことが求められる。何か当てはまるところがあると?」

 一つもないわ!


「そもそも側近候補でもないのに側近候補と吹聴しつつ、近衛騎士になりたい? 側近と近衛騎士は両立出来ないし、跡継ぎにも指名されていただろう。言動全てがちぐはくではないか」

 畳み掛けます。


「入団試験に落ちたら、跡継ぎにでもなるつもりだったのか? 跡継ぎもなめられたものだな。婚約者ではない女性と遊んで鍛練もサボっていた癖に、努力している人間を差し置いて入団試験に合格できる程の才能が自分にあるとでも?」


 顔を真っ赤にしてプルプルしている。ちょっと追い詰め過ぎたかな。


「う、あぁぁぁぁぁ!」


 突然木剣を振り上げて切りかかってきた。丁度俺も持っていたので、木剣を弾き飛ばしてから、足に斬撃。

 しようと思っていたけれど、そんな事をする必要がないくらい既に態勢が乱れていた。よっわ。


 鍛練をサボり過ぎて、体が全然なっていない。躊躇なく腹を蹴り飛ばすと、砂埃を上げながら地面を滑っていった。

 よっわ! 少しも踏ん張れないの? しかも本気では蹴っていないのに、起き上がることも出来ないみたい。よっわ!

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