第45話 謹慎中 2/2

「カリーナはどうでした?」

 アガーテとロイドがカリーナの部屋の外で、私が出て来るのを待っていた。


「話にならないな。自分がどれ程の事をし、何が駄目だったのかまるでわかっていない。途中からは私の話を聞いてもいなかった」


「そう……。領地へ戻しますか?」


 アガーテは表面上は冷静に対処してくれる。有難いが、これ以上アガーテの心に負担をかけたくはない。当主の私がするべきことだ。


「いや、陛下からはライハルト殿下の温情がある以上、ディーハルト殿下と平等に機会を与えるとしか言われていない。今の段階で一人にするのはまずい。ライハルト殿下への恩返しの為にも、今アガーテにも領地に戻られるのは……」


「わかりました。どうなるかわからない以上、全力でライハルト殿下に尽くしましょう」


「助かる……」


 ロイドに常々指摘されていた通り、私たちはカリーナを甘やかし過ぎたのだろう。

 それによって、自分の娘には王子妃としての器などなかったのだと思い知らされる。王子妃どころか、どこにも嫁に出せないレベルだ。


 人からの話を鵜呑みにし、自分で思考することをしない。ロイドが先回りし過ぎるなと常々忠告してくれていたが、まさにその弊害だろう。

 城での教育が、ライハルト殿下のせいで必要以上に厳しいなどと思っていたとは思わなかった。むしろ今までの家での勉強が、甘過ぎただけだ。


 実際、城で雇われる教師との事前面談でカリーナの教育があまりに遅れていることに気が付き、城での教育を半年遅らせてもらった。

 その時にカリーナにも今までが甘過ぎただけで、同年齢の令嬢に必要な水準に達していなかったと伝えた。カリーナはそれも覚えていないのかもしれない。


「父上、時間はあるのでしょうから私から子供向けの法律の本を差し入れしておきます。本来なら自分がどうなっていたかを知るべきだと思います。それがわかれば、少しは自分のしたことの重大さが理解できるのではないですか」


「そう、だな。頼む、ロイド」

 果たしてそれで理解出来るかどうか。ロイドにもいらぬ心労と苦労をかけてばかりだ。


 ***


 お父様はあの日からまた来なくなった。お母様とお兄様にはもうずっと会えていない。

 身の回りの世話をする侍女しかいない中、私はローズの情報を得ようと頑張ってみたが、誰も何も教えてくれない。


 そんな時、侍女経由で法律の本がお兄様から差し入れられた。


「ロイド様からの伝言です。よく読んで理解して、現実を知りなさいとの事でした。本の内容でわからないことがあれば、私たちに聞いて下さい」


 婚約と結婚に関する法律で、当主に嫁入りした女性の不義密通の項目部分に栞が挟んであった。

 不義密通の意味からわからなくて侍女に聞いたら、単語くらいは自分で辞書で調べるようにと言われた。


 冷たい。ローズがいたら優しく教えてくれたのに。力の無い私には、ローズを助ける事が出来ない。

 法律の本はとても難しい内容で辞書が必要だけれど、時間はあるので読んでみることにした。


 基本的には慰謝料を請求された上での離縁、本人に財産がない場合は実家に請求がいくこと。

 実家が支払いを拒否した場合の労働についてや、婚約や結婚相手の家格によっては処刑と書かれていた。


 相手が王子であれば、極刑は免れないことも書かれていた。


 読んでいて体がぶるりと震えた。けれど、極刑に処される一番の条件の、夫以外の男性との肉体関係を伴う逢瀬・密会に私は当てはまらない。

 肉体関係がどういうものかもふんわりとしかわからなくて、辞書で調べたくらいだ。


 護衛や侍女付きで会っていたし、場所は外。話をしていただけ。気持ちの話で不義密通と言われたなら当てはまるの? でもそれは違うと思う。

 ライハルト殿下は初対面で婚約することになった政略的な婚約者だし、気持ちは自由でしょう?


 それに私はライハルト殿下の妃として、侯爵家に生まれた責務を果たすとちゃんと決めていた。

 浮気相手への罰についても読んでいくうち、ディーハルトの事が心配になった。女性同様にかなり重い。


 私たちに肉体関係はない。それは自信を持って言える。それでも婚約解消になったってことは、どういうこと?

 政略結婚なのに、心の浮気も許されないの? 将来の可能性の話? わからなくて侍女に聞いたけれど、侍女が言っていることがわからない。

 侍女は私が浮気をしたと言う。でも私はライハルト殿下と結婚して、子どもも産むつもりだった。


「それの何が浮気なの?」

「周囲に隠して二人で会っていたでしょう? そういうつもりだった、は他の行動から考えても、言い訳にしか聞こえませんよ」

「言い訳じゃないわ。事実だもの」


 侍女といくら話しても、全然言っていることがわからない。こんな時にローズがいてくれたら。

 きっとすぐに私にもわかるように説明してくれたと思うのに。それにローズが協力してくれていたのだから、何も問題はなかったはずよ。


 ディーハルトの事も侍女たちに聞いてみたけれど、誰も何も教えてくれなかった。ディーハルトがどうなっているのかを知りたい。

 国王陛下は厳しい方だと聞くし、とにかく情報が欲しい。ライハルト殿下にも、私たちにそんなつもりはなかったと伝えたい。

 ライハルト殿下に手紙を書きたいとお父様へ侍女から伝言してもらったが、認められなかった。


「旦那様は、今までのライハルト殿下に対する自分の態度を思い出してみなさい、そんな人からの手紙は欲しいかも考えなさいと言っています。そもそも謝罪する気はあるのですか?」

「勿論よ!」


「……具体的には?」

「私はちゃんとライハルト殿下の妻となり、支える覚悟があったことを伝えたいの」


 侍女は無言で部屋から出て行った。お父様に報告するのだろう。

 謝るというよりは誤解を解きたいっていう気持ちの方が強い。お父様が言う様に傲慢な人ではないのなら、一生懸命書いたらわかってくれるはず。


 その為には態度を思い出す? 私はお茶会で、ライハルト殿下の機嫌を損ねないように努力をしていた。

 それのどこが問題なのかわからなかった。あれ以上、何をすればよかったのかわからない。


 ただ、ディーハルトとローズのことだけが心配だった。どうにかしてライハルト殿下に真実を伝えなきゃ。

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