第46話 おまけ 周囲が怖いニコール

「納得のいかない終わり方になりましたね」


 リーリアがいつも以上の完璧な無表情で話題を提供した。今日は震える程の冷たい表情に感じる。


「私もそう思う。殿下が優し過ぎた」


 ケビンは不機嫌な顔で、アンナが淹れてくれたお気に入りの珈琲を飲みながら言った。一口飲んだ後は、珈琲が美味しかったようで表情が少し綻んだが、それでも充分に怖い。


「フォード卿はこちらに協力してくれたので、カリーナ様に恩情をかけるのは今後の為にもありだと思いますよ」


 アンナは今日も冷静に話に参加し、クッキーをつまむ。あのクッキーはハノアの新作でかなりの自信作らしい。


 今日はライハルト様不在の、侍女と側近、家庭教師によるちょっとした集会。六人掛けの長テーブルに、それぞれがいつもの場所に座っている。

 ライハルト殿下は今はベッドで夢の中にいる。夜にも護衛はいるが、この部屋にはいない。


「スペアである事を考えれば、ディーハルト殿下の処分も難しいでしょう?」


 ナタリーはわくわくした表情でケーキを頬張る。今日のお菓子はナタリーが全てハノアから調達してきてくれた。


「そっちじゃない、あの母親だ。軽い処分で終了じゃあな。兄弟で殺し合いに発展した可能性もある。あれを私がやっていたら処刑だ」


 ルヒト様が渋面で、不味そうな表情のままケーキを一口食べる。これで案外甘党なのは、既に皆が知っている。

 ケーキの為に、せめてもう少し美味しそうに食べて欲しい。


「その通りです。黙認していた罪は重い。最終的に咎めに入ったのも、カリーナ様が流されやすい女性だと知って、ディーハルト殿下の婚約者に相応しくないと思ったからでしょう」


 ケビンがわかっていなかった面々にもわかるように説明を入れてくれた。それにナタリーはなるほどーと相槌を打つ。


「そもそもあの子はライハルト様の婚約者ですけれどね。弟だけが可愛いにしても、行き過ぎでしょう」


 アンナはライハルト様への愛情を滾らせている。


「私もそう思います。それに陛下はオルグチーズやシース織りなどがライハルト様の功績であると発表すると、明言しなかったのですよね?」


 リーリアの言葉に、その事を知らなかった私たちは驚いた。


「ライハルト様の悪評を消すのは?」


 ナタリーが直ぐに聞く。いつもナタリーは会話のテンポがいい。


「どちらに関しても明言は避けられた。せめて王妃を幽閉でもしてくれればな」


 ケビンがさらりと物騒なことを言っているが、ライハルト様の事を思えば王妃陛下には大人しくしておいて欲しいとは思う。でも幽閉は怖い。


「父親もかなりのアホか」


 ルヒト様はいつも口が悪い。そう言えば、ケビンも王妃って言ってなかった?


「……王妃陛下は、自分の一番の功績は天才のディーハルト殿下を産んだことだと思っている可能性が高いそうです。陛下もディーハルト殿下は天才だと信じているとシャイナ様に聞きました」


 アンナの師匠シャイナ様は、本当に凄い侍女だと思う。尊敬しています。


「あれはどう見ても凡人だろう。ちょっと記憶力が人よりいいだけだ」


 ルヒト様がぁ! 子どもの事をそんな風に言ってはダメですっ!


「まだ、陛下はディーハルト殿下を王太子にする気があると?」


 リーリアはいつも賢い質問をする。ライハルト様は王太子になりたくないって言っているから、それでいいのでは?


「ライハルト様が城から出たいと言うので、こちらとしてもその辺りの明言は避けたんだよ」


 ケビンもライハルト様の事を考えてくれているのね。


「「「「「あー」」」」」


 皆の声が揃う。もしかして、忘れていたの? ライハルト様が可哀想。


「箝口令を敷いているとはいえ、各部門長クラスは知っています。密かに謹慎処分の件が外部にもれるでしょうね」


 そうなの、アンナ!? 箝口令なんだから、しゃべっちゃダメじゃない!


「ええ。ライハルト様の暗殺の可能性が高くなりますね」


 嘘でしょ、リーリア!?


「謹慎処分の王子が長男を蹴り飛ばすより、そちらの方が手軽だわな」


 ルヒト様まで!


 ニコールはこのほぼ無表情で行われている会話を、ぷるぷる震えながら静かに聞いていた。皆怖過ぎるわ!

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