第三章 Web小説の舞台からの脱出 一年生
第47話 フォード侯爵家と食事
母上の駆け引きの道具にされていたオルグチーズが、中央貴族の見栄の張り合いに提供できるようになった。
当初の予定通り、羊と山羊を増やして設備投資を行い、品質の安定化問題をクリアしたオルグチーズは、既に領民に充分に行き渡る様になっていた。
王都に本格的に売り出す準備は、整っている。
ケビンやルヒトじいと相談し、内政部門とも調整し、今日は俺の準私的スペースにある食事室にフォード侯爵一家を招いた。
料理人たちの気合が入り過ぎた料理が怖い。料理で場を作るのは基本の基ですと張り切られた。愛されているわ、俺。
「お招き頂きありがとうございます」
フォード卿、奥さん、ロイドがやって来た。フォード卿は渋みのあるシュッとした感じ。奥さんは優しい感じの美人。
カリーナは父親のキツめな感じを、奥さんの優しい雰囲気で足して割った感じだったんだなと思う。ロイドは奥さん似で父親のキツめな雰囲気を足した感じ。
今日は予め相談があるとして、ケビンとルヒトじいも同席するとフォード卿に事前に知らせている。
挨拶の後、和やかに始まった食事会。料理の気合の入り過ぎに、侯爵家の面々もちょっと驚いているもよう。俺も予想を上回る気合いを感じている。
両親との夕食より食材にお金はかかっていないが、手間暇はがっつりかけているのは一目瞭然。フォード侯爵家一家も気合を感じるのは必然だと思う。
そんな中、ルヒトじいは堂々としていて慣れている感じだが、ケビンはちょっと緊張気味。
ケビンがマナーが……とぼやいていたので、急遽俺のマナー教師であるダレルじいに指導してもらった。だから自信を持って!
和やかな雰囲気だけれど、フォード侯爵家からは俺に対する遠慮を感じる。まぁ仕方ない。
カリーナの件で、守ってもらってもこちらがそれを労う必要は無くなっている。それだけ俺に借りがある状態。
「王妃陛下の介入が無くなったオルグチーズを、本格的に王都で売り出すことになった」
ルヒトじいが、どストレートに話し始めた。俺は好きよ、そういうの。
「そうですか。良かったですね」
フォード卿は単なる報告だと思っているっぽい。
「その王都での販売を、フォード侯爵家の商会に頼みたいんだよね」
俺から言うように言われていたこと。フォード卿はまさかと思っているようで、驚いている。
これを提案したのは俺。最初はケビンに多少の難色を示されたが、他にいい案は出なかった。
悪評まみれの俺がフォード侯爵家レベルの新たな保護者を探すのは難しいし、今なら俺の方が優位っていう稀有な状況もある。
ケビンはカリーナを生み出した存在として能力に疑いを持っていたが、子育てと貴族としての能力は別だと思う。
こちらが心配しなくても妨害をものともしない権力もあるし、こちらの言うことを優先的に聞いてくれ、信用できる商会というのがなかなか無い。
「条件はあるよ。儲けさせたいのは北部の人たちだから、暴利を貪るのは許さない。でも、フォード侯爵家なら、それ以外で価値を見出せる話だと思うのだけれど、どう?」
「……本当に、我々でよろしいのですか」
フォード卿に硬い口調と表情で聞かれる。
カリーナの件があった後で、普通はこんな美味しい話はもう持ち込まない。
だから、せいぜい恩を売っておけとルヒトじいは言っていた。
「うん。ロイドとか律儀で結構好きだし」
俺が王家から離れた後も、長い付き合いをよろしく! ロイドの話はリーリアから聞いているしね。
すーっと流れるおっさんの涙。俺、フォード卿の泣いているところばかり見ているかも。おっさんの涙に興味はない。
ロイドも涙ぐんでいるけれど、こっちはまだ爽やか。
「ありがたき、幸せ……」
今のオレは命の危険が去ったというよりは、より増しちゃった状態らしい。謹慎をくらった弟で俺を地道に蹴り落とす策略を考えるより、殺した方が早いっていう。
ルヒトじいに指摘された時に、物凄くガッカリした。俺的にはフォード侯爵家に力を持っていてもらった方が都合がいいのは確か。
「はっきり言うと、私は王太子にはなりたくないから、後ろ盾そのものが不要と言えば不要なのだけれど、弟が謹慎処分中にも関わらず、私の悪い噂の一人歩きが止まらなくてね」
王太子になりたくないという情報は、本来であれば後ろ盾には言ってはならない。旨味がどかーんと減るからね。
でも、フォード侯爵家は今さら俺の後ろ盾兼保護者から降りられない。だからこそ言えること。
「王太子に、なりたくない、と……?」
フォード卿にびっくりされた。なりたいのが当たり前なの? 嫌ですー。
「私が城で置かれている状況を詳細に伝えよう」
俺も最近知った教師スライドの件も含め、洗いざらい話した。今度は奥さんが泣いちゃったよ。
美人に泣かれると心が辛い。フォード卿とロイドは怒りの感情が強いみたい。
「よく、分かりました。それであれば当然の思いでしょう。我々に否やはございません。ご協力出来る事があれば致しましょう」
「王族に産まれた者としては失格で、ごめんね」
「いえ。私も侯爵ではありますが、やりたい者がやればいいと思います。自分しかいない場合に、やる気があるなら充分です」
フォード卿は家族愛が強いみたいで、考え方も柔軟。お陰で話がスムーズ。父上にこの感覚の半分でもいいからあればいいのに。
会った覚えがないうちに祖父母が亡くなっているので聞いた話だけれど、祖父母は子どもにもほぼ王族として接していたとか。
父上も家族の温かさを知らないのだろう。俺みたいな乳母や侍女がいなかった……事はないな。アンナの師匠がいるし。
父上は元々情が薄いタイプかもしれない。あれでいい父親をやっているつもりらしいし。
長男だからという理由だけで、国王にならなければという意識が強すぎるのかも。適材適所ですよ!
ちょっと湿っぽい夕食になっちゃったけれど、チーズ販売の条件の話し合いがされる横で、俺は奥さんと食後のお茶を楽しんだ。
さすが社交界の華と呼ばれるだけはある。話し上手で聞き上手。俺たちには入手が難しい社交界での情報をさりげなく教えてくれる。
後ろに控えているリーリアが超真剣に話を聞いている。メモを取りたそう。さすがに駄目よ。
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