第88話 たまには王子っぽい

 放課後に食堂の特別室で皆でお茶をした。令嬢もいるので、頻繁に俺の応接室に呼ぶことは控えている。

 そのままの流れで皆と廊下を歩いていたら、すれ違い様に令息が言った。


「婚約破棄されたばかりの癖に、国境の田舎貴族は節操がないな」


「今、何と言った?」

 聞き捨てならない。


 国境の田舎貴族とは辺境伯を馬鹿にする時に使う言い方で、ルヒトじいがこの言い方をする奴は真の馬鹿だと教えてくれていた。真の馬鹿発見!


 そもそもシェリーが婚約破棄したんだし、言っていることが全部おかしい。

 俺が何か言うと思っていなかったのか、驚いた顔で令息が立ち止まった。


「今、何と言ったか聞いている。答えろ」


「ライハルト、殿下……?」


 疑問系もおかしくないか。まぁ、俺はこいつが何処の令息か知らんけど。それとこれとは別。


「そうだ。答えろ」


「いや、その……」


 しどろもどろで目が泳いでいる。噂が色々と先行してはいるが、わざわざ第一王子が混ざっている集団に喧嘩を売って来てこれなの?


「答えられないのか? 辺境伯は国境を守る重要な役割を与えられ、本来であれば王家に次ぐ家柄だ。だが軍を持つ性質上、侯爵と同格としている。それでも敢えて辺境伯と呼ぶ。それは同格扱いだが実際は上だと言うことだ。それくらいは知っているよな?」


 常識ですよね。


「……」


 もしかして、勉強ダメなタイプ? だとしても、言った内容から同情するつもりは一切無い。追い詰めます。


「だんまりか? 名を名乗れ」


「す、みませんでした」


「謝る相手が違うだろうが。そもそも何故、私の質問に何も答えない。王家の事も侮っていると捉えるが?」


 俯いてだんまりだった。これ、どーしよーもない愚息ってやつじゃない? 自分から噛み付いといて、言い訳も出来ないの?


「行こう。時間の無駄だ」

 全員を促して歩き出す。


「シェリーさん、気にしないでね」

 名前をちゃんと覚えた。


「あ、はい……」


 動揺しているのか、シェリーが全員の顔を見ていた。大丈夫かな? 令息に絡まれたら怖いよね。

 何故か全員がそのまま俺の応接室に付いて来た、いや俺の両脇を確保してぐいぐい来た。


「どうしたの、皆して」


「すっっっっごい王子っぽかった!!」

 興奮した様子のシェリー。


「私、元々王子」


「格好良かったです!!」

 フィリアナからはストレートな賛辞。


「ちょっとそんなに真っ直ぐに言われると、照れます」

 特にフィリアナから言われると照れます。


「ほんっとに王子だったんだな。この間のアレは最近幻じゃないかと思い始めてた」

 カール。


「いやだから、私王子。幻って何だ」


「普段とのギャップが相変わらず凄かったです」


「エヴァンまで」


「この間といい、殿下は急に格好良くなるな!」

 ゴードンまで。何この状況。


 シェリーとフィリアナは、普段おっとりの俺があんなにはっきり人に噛みつくとは思っていなかったそう。


「力ある者の圧を感じたわ!」

 シェリー。


「格好良かったです!」

 フィリアナ。照れるわ。


「王子の威厳も感じた!」

 カール。ルヒトじいからの特訓の成果が出て来たもよう。嬉しいなっと。ところで、忘れないうちに聞いておかないと。


「さっきの令息、誰か知ってる人ー」


「何だろう、さっきのはやっぱり幻か?」

 カール。


「王子感が消えちゃったね」

 エヴァン。


 あれ、駄目だった? 出来る王子風で話を進めたつもりなのだけれど。あれ?

 ニコールとかはこれで反応いい感じだったんだけど……。まさかニコールたちがズレていたり……?


 あの令息は弟がブイブイ領の跡継ぎだった。侯爵家の跡継ぎが馬鹿ってヤバくない? 父上への報告案件。

 俺に対する対応もダメダメだったし、何らかの再教育せえよ的な通達がいきそう。


「弟がブイブイ領なら、私のせいでもあるかもしれない」


「何だよ、その覚え方!」


 真面目に言ったのに、カールがゲラゲラ笑いだしてしまった。エヴァンも震えている気がする。

 油断してついうっかり。このメンバーは居心地が良すぎて油断してしまう。


「殿下の? どうして?」

 不思議そうな顔のシェリー。失言をスルーしてくれてありがとう。俺には心当たりがあるのです。


「私が北部一帯の輸送の流れを変えてしまったので、あの領地は今物流拠点としては斜陽にあるらしい。私に対する恨み的な……」


「そりゃないだろ!」

 即否定のゴードン。


「そもそも殿下が北部に関わっている事が中央貴族内では知られていないんだから、個人的な恨みを持つならむしろ俺たちだろ」

 笑っていても冷静なカール。


「そもそもたかが侯爵家の癖に、第一王子と辺境伯家の令嬢に喧嘩を売る意味がわかりませんね。おそらくバカで浅はかなタイプでしょ」

 エヴァンが絶好調に辛辣で。


「あ、あの! あの人は単にちょっと短慮で性格が悪いのだと思います」

 フィリアナまでもが辛辣なのはちょっと意外。


「と、言いますと?」

 何か知っていると思って聞く。


「彼は侯爵家の跡継ぎで、挑戦してみた令嬢何人かから話を聞いたことがあるのだけれど、自分の容姿と能力にかなり自信があるみたいで、こう、なかなかの人だと聞きました」


「具体的には?」

 シェリーがわくわくした感じで更に聞いた。


「確か、『俺の横にその容姿で並び立てると思っているのか』とか、『田舎貴族ごときが』とか、『バカは嫌いだ』とか。まぁ色々と。彼の顔は忖度しても中の上くらいですよね?」


 フィリアナも実は結構言うタイプみたいで、しかも眉間に皺を寄せて口を尖らせている。多分物真似。ゴードンとカールがゲラゲラ笑い出した。

 シェリーも声を出さずに笑っている。俺とエヴァンも我慢できずに声を出して笑った。可愛すぎます。すっかり気持ちが和んだ。


「何で笑うんですかー!」


 その後、俺とシェリー、全辺境伯への詫び状と共に再教育が約束された。

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