第81話 伯爵令嬢フィリアナ 1/2

 両親には私しか子どもがいないので、伯爵家を私が継ぐことになる。

 伯爵領は南部寄りの海沿いにあり、リゾート地としても有名。オリーブや果物などの販売でも収入があり、領地収入は非常に安定している。


 それでも、女伯爵ともなれば様々な場面で舐められるらしい。

 それを知っている父は、私が将来伯爵家の運営に困らない様にと、打診が来ていた侯爵家次男クラウス様との婚約を勧めて来た。


 何度か会ったが、クラウス様は中央貴族特有の傲慢さも無く、穏やかで優しい人に思えた。私の家以外とも、婚約の話がいくつかあるらしい。

 それもあってか、婿入りするのがどういう事かも良く理解していた。あまり家族と上手くいっていない事も、正直に教えてくれた。


「正直、家とはあまり関わらない方がいい。人を自分たちや家にとって、価値があるかどうかでしか見られない人たちなんだ……」


「それはまた極端ですね。それでは地方貴族の我が家には旨味があると?」

 そんな家なら、どうして我が家に婚約の話を持って来たのかな。


「オルグレン領は、両親が隠居後の別荘地候補の一つみたいだ。安心して欲しいのは、多分ほとんど滞在する気が無いところかな」


「滞在する気の無い別荘、ですか?」

 確かに滞在されて、色々と融通するように言われると大変になる。滞在しないならいいけれど、なら何の為に買うの?


「うん。今中央貴族では、国外の島に別荘を持つのが流行りなんだ。それとは別に、王家が保養地を持っている場所も押さえておきたいと言っていた」


 この婚約で一等地を用意させるつもりかな。この人となら仲良くなれそうだけれど、先にお父様に確認しなくちゃ。

 お父様は予め予測していたらしく、問題ないと言ってくれた。


「そもそもここは、侯爵家の支援がなくてもやっていける領地だ。クラウス様がまともな人間で、侯爵家出身であればそれでいいと考えている。侯爵夫妻が隠居後の御用聞きは、父さんと母さんがするつもりだよ」


「いいの? 大変そうじゃない?」


「おそらく、王家が来た時にしか来ないだろう。その時は王家が優先されるし、どうとでもなるさ」


「なら、いいのかな……?」


 人脈は二人で王都の学園で築けばいいし、侯爵家といえど他領の運営には口出し出来ないとも言われた。


 それに婿入りでの侯爵家の旨味は一等地の別荘でよく、その後には関わらないという条件らしい。

 元侯爵家の肩書きの利用や表面上の親戚関係は認めるが、支援はないという契約予定。家族仲は本気で悪そう。

 お父様はクラウス様が家族と上手くいっていない事も知っていた。事前にかなり調査したみたいだし、それはそうかと思った。


 クラウス様はライハルト殿下の側近候補になっているが、婚約が決まれば辞退するとも聞いた。

 その後も何度か会って交流を深め、私たちは婚約した。良い人と婚約を結べたと父に感謝した。


 婚約後は手紙でのやり取りが主だったが、同時に王都の学園へ入学した。王都でまず驚いたのは、想像以上に中央貴族と地方貴族に壁を感じたこと。

 知り合いはほぼいないが、何かあった時はクラウス様が助けてくれるから心強いと思っていた。


 ライハルト殿下には、地方で流れる噂とは全く異なる噂が広まっていた。

 頭が悪過ぎて国王には難しいとか、我が儘で傲慢な性格をしているので下手に近付くと危険だとか。


 側近候補を出すように言われた当主たちも、ライハルト殿下には有望な令息を推薦しなかったとの話も聞いた。

 側近には年上からも選ばれたが、それは支えるのが並みの優秀さでは足りないからだとか、カリーナ様と婚約解消になったのは無能すぎるライハルト殿下からフォード卿が娘を逃がした結果だとか。


 地方で流れている話とあまりにも違う事に驚いた。側近候補だったクラウス様なら知っていただろう。

 情報は重要だし、予め教えてくれたら良かったのにと少しもやっとしたが、関係は良好なので気にしない事にした。


 学園で流れている噂をお父様に調べてもらったら、事実は全然違った。地方で流れている話の方が事実だった。

 お父様はディーハルト殿下陣営の暗躍と推測していて、巻き込まれないように気を付けなさいと言われた。


 クラウス様が一緒にいてくれるから大丈夫だと思っていたが、入学後徐々にクラウス様は変わっていった。

 ぼんやりする事が多くなり会話が弾まなくなったと思ったら、堂々とモモーナさんに侍りだした。


 最初は様子を伺っていたが、待ち合わせには来なくなり私の扱いも雑になった。私の優先順位がモモーナさんより下になったのがわかった。

 堂々と婚約者以外に侍るような婿をわざわざ迎え入れる必要はない。


 父に報告したが、女性側が非難をされない様に婚約破棄するには段階が必要らしく、侯爵家に対する抗議から始めるしかないと言われた。

 侯爵家からは、注意はするが若いのだから大目に見てくれ。学生の間に遊んでおきたいだけのようだとの返答が来たと父が教えてくれた。


 どうしてそれを許さなければならないのか、意味がわからない。両親もまさかの返答に驚いたそう。

 ふざけるなと家族で思って婚約を解消しようとしたが、婚約解消の話は一向に進まなかった。


「すまない、フィリアナ。良かれと思って高い爵位を選んだが、今はそれが仇になってしまった」

 お父様が申し訳なさそうにしているけれど、お父様だけが悪い訳ではない。


「仕方ないわ。ご両親はともかく、クラウス様は私にも素敵な人に思えていたんだもの」


「私も騙されてしまったわ……」

 泣きそうなお母様にも何だか申し訳ない。


「お母様も気にしないで。実家から離れたいとは聞いていたから、離れられれば相手は誰でも良かったのでしょうね……」

 お母様にギュっと抱き締められた。


「相手の女性のことも調べたのだが、彼女は跡継ぎじゃない。彼はどうするつもりなのか……」


「そうなの? 辞退すると言っていたのに、学園で自分はライハルト殿下の側近だと言っているらしいから、側近の方が良くなったのかも知れない、のかな?」


 中央では悪評の多いライハルト殿下だけれど、地方では変わらずとても評判が良い。

 少し観察していたけれど、北部の地方貴族の子息と仲が良く、噂のような傲慢な雰囲気もない。だから側近狙いに変えたのかと思ったのだけれど。


「だが……側近になれば、実家からは離れられないだろうに」


「それもそうね……?」

 クラウス様が何を考えているのか、私にはわからなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る