第54話 とにかく忙しい!

 殿下の領地視察が派生して、ケビンの日々はかなり忙しくなった。チーズにシース織り、毛糸や絹糸と布の染色にと北部全体の大事業になる。

 シース卿は事前にオルグ卿からかなり詳細なこちらの話を聞いており、最初から殿下からの投資を希望された時には驚いた。糸関連のマイヤー卿もだった。


 お陰で自分の事だけしか考えていない王妃陛下へ、商品が渡らない手筈をスムーズに整える事が出来た。

 けれど本来なら国家事業の方が長期的に見れば安心感もあるし、領地に入る収入も多くなる。


 個人の投資はいつ打ち切られてもおかしくない。それをわかっていて殿下への感謝と信頼を、北部を賭けて示されている。絶対に失敗は許されない。

 失敗が許されないのはお互い様で、影響が出そうなことは些細な事でも事前に我々に相談してくれる。


 オルグ領周辺はチーズ増産の為に乳が欲しい、シース領周辺はシース織りの毛糸の為に羊毛がもっと欲しい。

 両者の利害が一致したことで、領地に必要な分を除いてお互いに融通し合うことになった。


 これらの契約も今後の事を考えて仲介することになった。何処から権力者の横槍が入るかわからないので、殿下の存在があると知られた方が良い。

 けれど問題もあった。近いとはいえ育つ環境で品質が異なるし、同程度の品質まで引き上げるには手間がかかる。

 人手が足りず、既存商品と同じ品質の商品は提供できないと判明したが、それも収入が更に増える方向で解決した。


 融通した材料を使った製品は、地方の呼び名を取ってオルシーチーズ、シーオル織りとして別途販売予定になった。

 最高級品には手が出せなくても、二番手には手が出せる人々の注文が殺到することが予想され、それらに関してもかなり忙しくなっている。


 それと殿下は手が荒れている人を見ると放っておけないのか、ご自身愛用の保湿クリームを各地でそれはもう気軽に配っていた。

 それが評判を呼んで問い合わせが多くあり、販売量が増えた。製造元であるナタリーの実家からも礼状が届いた。

 ナタリーは王国南部の領地出身なのだが、周辺に比べ広いだけで特に特産品のない、南部にしては裕福ではない領地と言われていたらしい。


 殿下は殿下宛に北部から贈られてくる品々のお礼にも、喜ばれるので保湿クリームを多用していた。

 南部にも関わらずあまり物流がよくないのか、入荷が不規則なので殿下の応接室に木箱が積まれる事態となった。

 それがきっかけで領地に問題があると知り、事前準備を急いで視察へ行った。そこでも殿下はいい意味でやらかしてくれた。また大事業の予感。


 私は保湿剤はあまり臭くなくて乾燥が防げれば、何でもいいと思っていた。そもそもあまり使いもしなかった。

 けれどほとんどの働く者が、私の様に書類だけを触る訳ではない。庶民向けの化粧水、保湿クリーム、石鹸……。来年の今頃には、殿下が投資した額の何倍にもなって返って来そうだ。


 周囲がいつも気が付かないことに、殿下は気付かれる。ここまで来ればそれは才能だと私は思う。

 本人は呑気そのものだが、確実に国を変えている。ルヒト様もこれは忙しいが、笑いが止まらないなと言っていた。


 そして、変わらず殿下の申請書は陛下によって無事に却下されている。出したという事実が重要で、既に最初から殿下に投資してもらう計画だった。

 ナタリーの実家周辺分に関しては、敢えて通らない様な申請書にしたが、そんな細工をする必要もなかったようだ。


 内政部門長は既に殿下の応接室にも頻繁に出入りし、視察先に必要な情報収集や調整にも力を貸してくれ、殿下の専属担当者まで出来た。

 予算部門長も積極的に協力してくれるようになった。こちらはさすがルヒト様が見込んだ人物というか。


「先見の明のない陛下たちに任せれば、大した産業にならずに終わりそうですしね。ライハルト殿下に乗った方が民が潤いそうです」

 予算部門長がこれ。


「長年悩まされていた懸案事項が解決するというのに、我が内政部門が放置して手伝わないなどあり得ません」

 内政部門長もこんな。


 外交部門長もこの投資の行く末を好意的に見守っている。供給と国内の需要が安定してから、他国へ売り込みたいと既に相談されている。

 外交においても駆け引きや接待に使えると見込まれてしまった。既に軽く輸出に関する計画書まで提出されている。


 内政部門は地方活性化の関係で元々協力的だったし、結果として国で最も重要とされている三部門の内政、外交、予算部門が殿下の味方になったとも言える。

 にも関わらず、相変わらず殿下の悪評は止まらない。これだけの実績を示しているが、中央貴族内でも殿下の功績として語られていない。

 フォード侯爵家が噛んでいる時点で、気が付かないのが不思議でもある。フォード卿も中央貴族に殿下関連では入手経路を探られないと不思議がっていた。


 そして、厚顔無恥にも未だに当たり前のように商品の融通を依頼して来る王妃陛下が腹立たしい。

 止めない陛下にも腹が立つ。二人は未だにこれらの件に関して、殿下に詫びの一つもない。

 押し掛け側近のロイド様が間に入ってくれたので、イライラする日は減ったが許せるものではない。


「国家事業にしておけば自由自在だったでしょうに、本当に愚かですよねぇ。息子から功績を奪うだけで手回しもせず、何をしたかったのだか」

 予算部門長もルヒト様並みに口は悪いが、内容については激しく同意する。


「強硬手段などで食い潰される前に、全てを軌道に乗せてしまいましょう」

 内政部門長も予算部門長に乗せられて、口が悪くなりつつある。


 内政部門に関しては旨味しかないので、乗っ取られる可能性は否定できないので今も警戒している。

 最初に送り込まれた、俺の内政部門時代の先輩からも警戒する様に言われている。立場的にそれでいいのかと思うが、内政部門に乗っ取られると確実に北部の利益が減る予測。

 ルヒト様は内政部門長はいい様に使えるだけ使うと言っている。


 ルヒト様が信頼している予算部門長に関しては、我々を手伝っても大した旨味はない。最初も文句を言いながらルヒト様を手伝っていた。

 だからなのか、内政部門長の警戒に協力をしてくれている。私などではまだまだだが、三爺と予算部門長のやり方に、内政部門長は私たちに信用されていると勘違いしているようだ。


 心強い味方がいる。これからますますライハルト殿下は躍進するだろう。

 ただ新婚なのに、忙し過ぎて妻になったアンナとの時間がままならないのだけが残念でならない。

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