第50話 大きな虫退治
何種類も見せてもらって説明を聞いて思った。どれも香料が入っていないだけで、原料は最高級品ばかり。
使う原料とか配合とか色々調整する必要はあるけれど、もっと安価なのが作れる気がする。
領民たちに雑談の相手をしてくれたお礼を一旦言って、たたーっとケビンの所に行く。
「ねぇ、これ、大々的に領民向けもやろうよ」
「大々的に、ですか?」
ケビンからの質問。ずっと領主と打ち合わせをしていたから、俺の様に領民と話をしていない。
「そう。北部の領主は領民にもお裾分けをしていて、シースにいるばあちゃんからもお礼の手紙が届いていたよ。需要はあると思う」
「日常使いには高過ぎませんか?」
会話に入って来たのは内政部門の俺担当者で、ケビンの先輩。いつの間にか俺担当が出来ていたっていうね。
俺は王子だから私財の投資にも条件があるし、国に提出する書類とか申請とかが結構色々とある。それをこの人が一手に引き受けてくれている。
本当は俺の側近がする仕事だけれど、俺の投資で内政部門の悲願だった地方活性化がじゃんじゃか進んでいる。
だからお手伝いと、最新情報確保の為に内政部門から派遣されている。
最初はスパイ! って感じで皆が警戒していたが、この人は北部出身で、誰よりも地方活性化に熱心で。
内政部門に伝える情報も選んでくれているので、既にほぼ俺の応接室に常駐状態になっている。だから仲良し。
それでも隠している情報とかはあるけれど、この人もそれに気が付いていて知らないフリをしてくれている。
さり気なく探りを入れたら探りにも気が付いて、内政部門が優位を取りたくて暗躍する暇があるなら、地方活性化! と本音をぶちまけてくれた人。
そして今回は初めて最初から参加できるのと、ここ周辺での問題を聞いてやる気満々なのだ。
「領民向けはここまで原料を最高級品にこだわらなくても良くない? 肌荒れ具合は人それぞれだろうし、手軽に毎日ケアが出来た方が喜ばれるんじゃない?」
ケビンの先輩が目を見開いた。
「今までのはこう、自分へのご褒美的に買えるような値段設定で小分けにして、それ以外はちょっと高級な原材料は控えめにしてとか、どう?」
「いいですね! いけると思います」
ケビンの先輩の鼻息が荒くなった。俺の軽い言葉で更に規模が大きくなった。ケビンごめん。
肌荒れが酷くなる前に、こまめにケアすればいいと思ったんです。だけどまだ言いたい。
「石鹸とかもどう? 洗い上りがしっとりなのもあるんでしょ?」
ナタリーの両親がぶんぶん首を振って頷いてくれている。そんなに振らなくても大丈夫ですよ。
計画の詳細を詰めるのが、視察の残り日程との戦いになってしまった。
「ごめんね、ケビン。領民と話していたら思いついちゃって」
「大丈夫です。嬉しい悲鳴というやつですから」
ケビンの先輩も、超嬉しそうに同意してくれた。領民向けはアンナの姉ちゃんの旦那の商会で売るのがいいんじゃないかと話が進んでいる。
「父も母も、どんどん話が進んでいくから完全に呆けていますね」
ナタリーが笑顔に戻って良かった。大丈夫とは言っていたけれど、こっちに来る時はちょっと笑顔が少なかった。
さて、実はここに俺という王子が滞在していることは秘密にしているが、ナタリーが実家に帰省している噂は広く広めてもらっている。
早く大きな虫さん引っ掛からないかな状態。視察の日程を消化してしまう前に来て欲しいです。
そして来ました、大きな虫さん。
「ついに俺の妻になる気になったか!」
ふんぞり返った男が、突然俺たちが滞在している屋敷に登場。
性格が顔に出ているタイプだなぁ。こんな奴にナタリーを嫁にはやらんぞ!
しかも実家に帰省しただけなのに、どういう思考回路してんの?
「だれー? このおじさん」
必殺、子どものフリ! 実際子どもだけど!
実際を既に知っているナタリーの家族が笑いを堪えている。笑っちゃダメよ、耐えて! わざわざ服も借りて、一般領民っぽくしているんだから。
俺がこの虫を煽る役なのね。意見を聞いたら、子ども相手だと直ぐに引っかかるだろうって言われた。そんで俺は王子だから、権力で絶対負けない人。
「貴様の様な子どもに用は無い! ナタリー! 俺の妻になるなら、今後の取引も考えてやってもいいぞ!」
上から目線だなぁ。
「お断りします。取引も結構です」
ナタリーも俺がいるから強気。
一度は逃げるしかない状態にまで追い込まれたので、気持ちで負けないようにかナタリーの両親が左右を固めている。
「何だと! まさか城で男でも引っ掛けたのか! みっともない。これ以上私から取引を止められれば、一家離散だろうが。それで、いいのか?」
にやにやと気持ち悪い。でも嫌がらせの言質は取れたよね。実は今回調査部門の人にも屋敷に滞在してもらっている。
今までは上手く言い逃げられている上に、これといった証拠が無くて動けなかったんだって。
「ねぇ、頭の悪いおじさん」
「うるさいガキだな! 私はまだ二十代だ!」
わざとだよ。
「ナタリーが嫁に欲しくて嫌がらせしてんの? ちっさい男だね」
「はぁ!? おい、このガキを捕らえろ! 警備に引き渡してやる! 我が家の権力を思い知るがいい!」
調査部門の人からもう充分だと合図が来たので、ネタばらし。
「私の権力も思い知った方がいいね」
虫おじさんの護衛をけん制しつつ、俺の騎士がばばーんと俺の両隣に来る。雰囲気も王子らしいものに戻した。
「フラタリア王国第一王子であるライハルト殿下を警備に引き渡し、伯爵家如きの権力で、王家に何をするおつもりですか?」
ベアードの言葉に状況が分からずオロオロする虫男。調査部門も加わってささーっと拘束に動く人たちに、さらっと拘束された。対応力もないんですね。
「正式に伯爵家へ抗議します」
俺の言葉に顔面蒼白になった状態で連れて行かれた。
「……」
現場に居合わせた領民が困惑しているもよう。だよね。
「嘘ついててごめんね」
「ええっ、王子様!?」
「はぁ~! 王子様!?」
「王子様……」
領民たちに凄く王子様と連呼された。
俺の王子様ショックが落ち着いたタイミングで、ナタリーの家族や領民から滅茶苦茶感謝された。
虫男の父親は息子と違って対応がそれなりに早く、翌日にはナタリーの家に訪問を伺う使者が来た。
その使者が持参していた手紙には、息子の暴走で迷惑をかけたとか書かれていて、自分は関係ない息子を切り捨てるから許せという方向性にうんざりした。
「会ったら金銭を渡して来そうですね。処罰を希望するなら受け取らないで頂きたいです」
受け取ると内々の処理扱いになるからと調査部門の人に言われたが、そんな気は最初からないので大丈夫。
俺に言われているとして、そもそもナタリー一家には謝罪等は一切受けない方向にしてもらっている。当然俺への来訪希望も許可しなかった。
調査部門の調査が領主までには及ばなくても、マクスウェル領を中心としたこの事業が当たれば、この辺りで大きい顔はもう出来なくなるだろう。
しかも息子が俺にちょっかいを出してしまったのが、伯爵家としてまずい。俺は公務に参加しているので、王都に出入りしている息子がこの国の第一王子を知らなかったとは貴族的に言えない。
領地経営そのものは、威張れるほどは稼げなくなるだけで、今まで通りの香水事業で何とかなるだろう。
これで領民にしわ寄せが来るなら、また調査部門の出番になる。
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