第49話 王国南部へ進出

 俺が何気なく北部一帯で保湿クリームを配りまくったからか、南部のマクスウェル領から礼状が届いた。

 ナタリーの実家で、初の南部視察に丁度いいかもって話で行く事になった。マクスウェル領は温暖な気候に海、オリーブの木が並ぶ場所で旅行気分になる。


 今回の付き添いはナタリーとニコールにケビン。ナタリーは実家でしたい事もあるだろうからね。

 アンナとリーリアには悪いけれど、三爺と一緒に城でせっせと北部とやり取りをする仕事をお願いしている。


 敢えて忙しい中視察に来たのには、ちゃんと理由がある。


 俺が配った保湿クリームは、キツイ匂いが嫌いな俺の為に、ナタリーが実家で身内用に作っていたクリームを譲ってくれたのが始まり。

 貴族向けの香料たっぷりの物より、安価で実用的だと北部でかなり評判になっている。働く人には匂い移りの問題があったのだ。


 北部の人たちは特に肌荒れに悩まされていた。そこに俺が配りまくったという無意識宣伝。

 この国は湿気が少ないので、油断するとすぐに肌がカッサカサになる。気になるやん。


 北部の品々は王都での売り上げが順調に伸び、輸送を担った地域の資金にも余裕が出来た。

 北部の人たちはその利益を、早速領全体の生活向上に向けた。その中で、保湿クリームの問い合わせが来ていた。


 俺に北部の商品を送るとお礼に保湿クリームが届くので、何だか保湿クリーム目当てで送っているみたいで心苦しいとも手紙に書かれていた。

 そんなの考えたことも無かった。一番喜ばれるから送っただけよ。ただ、本格的に北部に販売するには問題があり、それを解決する為に南部に来た。


 マクスウェル領周辺は石鹸や化粧水、クリーム等を製造、王都に販売して領地の収入源としていた。

 王都で売るには香りも重要で、その香料を作っている伯爵領は、香水の製造販売でかなり王都で成功していた。


 それでマクスウェル領周辺地域の商品の、王都への輸送もお願いして上手くいっていたのだが。

 ナタリーはそこの伯爵令息から求婚されたが断った。そうしたらあからさまにナタリーの実家が嫌がらせを受けるようになった。


 ナタリーの実家は香料が手に入らなくなり、これまで販売していた貴族向け商品の製造販売が出来なくなるだけでなく、王都への輸送も妨害された。

 周辺の領主も伯爵家には逆らえず、領地は一気にピンチに。こっそり香料の横流しや輸送に協力はしてくれている領主はいるが、こっそりでしかない。


 領地収入が激減し、領民共々大ピンチ。それでも家族や領民は、ナタリーを責めないでいてくれているそう。

 元々今の伯爵家は香料や輸送を盾に横暴な振る舞いが目立ち、評判は最悪だった。

 王都にも直接出入りしていて、背後に侯爵家をチラつかせてもいた。ナタリーが城に逃げても、同情はされても批難はそれほどなかったのはそういう訳。


「プライドばっかりで、ちっさい男だって分かっていたから断ったんですよ」


「ごもっともです」


 ナタリーに伯爵令息の印象を聞いたらこんなだった。実家の権力で振られた腹いせに嫌がらせとかする男は無いわな。

 という訳で俺も同じ手法を使って、そいつら全員を黙らせるつもりで来た。王子の実家は王家。

 すなわちこの国最強。えっへん。普段はそんな事はしたく無いけれど、使えるものは使わなきゃね。


 意外なナタリーの過去を聞いた時、早く言ってくれたら良かったのにと思わず言ってしまった。

 俺の専属侍女になり、俺がナタリーの保湿クリームを愛用するようになっただけでも随分助かっていたそう。


 王子愛用の品──俺の肌は皆のお手入れですべすべもっちもちを売りにして、城にいる同僚にも結構売れるようになっていたそう。

 ナタリーは王都でちまちまと保湿クリームを売りつつ、儲けと給料を仕送りして実家と領民を助けていた。


「頑張り屋だね、ナタリーは」


「私の力は微々たるもので、ライハルト様が北部で宣伝してくれたお陰です。ありがとうございます」


 そんなつもりは無かったけれど、いつの間にかそうなった。この視察をきっかけに、伯爵家を黙らせる予定。

 他の領地と協力して伯爵家の横暴から脱却し、新たに王都への輸送を確保するまでが目標です。


 北部への物流中継地点にはサルヴァン卿に入ってもらい、北部はシース卿に任せればいい。

 もしも妨害しようとしても、背後に俺がいれば安心安全のはず。俺の後ろにはフォード侯爵家とロシーニ侯爵家があるから完璧でしょう!


 ナタリーの実家に到着後一休みした後、ナタリーのご両親と弟が嬉しそうにせっせと製造している商品を並べてくれた。

 皆ナタリーの家族だなってわかるくらい、明るくにこにこしている。南部の人は皆こんな感じだと言われたけれど、結構ピンチな筈なのに悲壮感とかがない。


 オリーブなどを使った既存の商品と新商品が、机にずらりと並んだ。

 俺は好みを伝えるだけで渡されたのを使っているだけだから、商品の選別とか評価はニコールにお任せする。


「まずはライハルト様と北部用を。クリームの固さは柔らかめ、使用後にベタつかないものがライハルト様の好みです。北部でも同じでした」


 ニコールはこの選別に参加する為に、リーリアからみっちり北部からの要望を勉強していた。王都に何がうけるかは、勉強しなくてもニコールはわかる。

 ニコールに一人がつきっきりで、次から次へと商品を差し出している。それにニコールが意見を言い、別の人がそれをメモしている。


「これはちょっと原料臭が独特ですね」


 真剣に選んでくれている。何種類か好きか嫌いか俺も匂いを嗅がされたが、基本的にはその間、製造の手伝いに来ている領民と雑談。

 俺はニコールが懇意にしている商会の子どもという設定なので、皆気さくに話してくれる。


 話を聞けば、元々南部ではこれらの商品は領民にも浸透しているが、基本は品質が一定水準に達しなかったものを身内に売る形。

 輸送費をかけてまで王都などに送るとなると、一気に貴族向けの高級商品になっていた。


 だから北部の人々も、これらの品は高級品として捉えていたが、単に貴族向けに作っていただけ。

 俺がぽいぽい配っていた時も、こんな高級品を……! って感じだったみたい。実際はそこまでではないと知って、余計に驚かれたよね。

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