第29話 アリシアの家

 シース領からの帰りは、俺の乳母だったアリシアの領地にも寄った。元々シース領の位置を聞いて予定に組み込んでもらったのだ。

 親戚に不幸があって、急遽乳母を辞したんだよね。少しの手紙のやり取りはあったけれど、会うのは久し振り。


 位置的に丁度行きやすかったのもあるけれど、単純に会いたかった。


「ライハルト殿下! まぁまぁ大きくなって!」


「元気そうで良かったよ」


 エネルギッシュに抱きつかれて、護衛に背中を支えられる始末。相変わらず元気で良かった。

 ただ、生活は結構大変そう。以前よりも確実に痩せているし、綺麗だった手の荒れも気になる。


「さぁさぁ、早く上がって。大したもてなしはできないけれどねっ!」

 

 アリシアも織物は知っていて、何と旦那のライアンが織れると言うので、私室用の小さめのを依頼してみた。


「任せて! 格好良いのを作るわ!」


「作るのはライアンでしょ」


「デザイン画も重要なのよ!」


 一緒にお茶をして、俺の母親は正直アリシアだなって思った。会った時の懐かしさや安心感が違うし、初めて前世の母親の事を思い出した。

 前世で久し振りに帰ると、体の心配をして、たくさん好物を用意してくれたり、お土産だと色々と持たされたことを思い出した。

 母上と会話していて、前世の母親を思い出すことは無かった。俺の思う母親とはやっぱりちょっと違うんだよね。


 そんなアリシア夫婦と一緒にいたのは、夫婦が引き取って育てているライアンのお兄さんの子ども。ゴードンの後だから、余計に大人しく感じる。


「ライアンとアリシアに育てられたのに、大人しいね」


 思わず言っちゃう。二人なら、間違いなく実子と分け隔てなく育てているはずだ。俺の時もそうだった。


「……」


 大人しいを通り越して暗い感じ? ライアンとどこか似通っていて彫りの深い顔だけれど、とにかく影がある感じ。


「この子、ルークが出て行ったのが自分のせいだと思って落ち込んでいるのよ」


「何で?」


「あの子、ここの復興が落ち着いたら、さっさと家を出ちゃってね。あんまり接していなかったからか、あの子の性格が分かっていないのよね」


「あー、「ジークよ」ジーク、ルークの事は気にするだけ無駄だぞ。むしろ領地を継ぐのが嫌で飛び出した可能性の方が高いよ」


 アリシアも俺の事を分かっているのでフォローが早い。さっき紹介されたばかりでもう忘れていた。すまん。


「いえ、いや、そんな事は……」


 真面目な好青年に育っているっぽいからこそ、ジークにはルークの考えが理解できないのだろう。第三者の意見も聞いて欲しい。


「ルークなら充分にあるよ。ジークに譲られそうな雰囲気があるから逃げたんじゃないかな。いつも楽しそうな手紙が届くし」


「ちょっと、ライハルト殿下。それは聞き捨てならないわ! ルーク、こっちには手紙も寄越さないから今何処にいるのかもわからないのよ!」


「えっ、うそん」


 さすがにそれはびっくりだわ。俺には定期的に手紙をくれていた。移動する前もした後も手紙をくれるので、現在位置も把握している。

 確か今はどっか南の方にいたはず。漁師の手伝いをしていて毎日楽しんでいるっぽい事をお伝えした。


「城に戻れば住所もわかるから、戻ったら手紙を出すよ」


「もう、ルークってば。迷惑かけて申し訳ないけれど、お願いね」


「ジーク、ルークって言うのは好奇心のままに動く男だよ。今度送る手紙に、領主を押し付けようなんて思っていないから、一度元気な顔を見せて欲しいとか書いたら、顔を出すと思うよ」


 自由な男ではあるけれど、面倒見だけは凄く良い。遊び相手になってもらっていた時期もある。他の人が教えてくれない、虫の捕り方とかは全部ルークに教えてもらった。


 一泊して、保湿クリームはもちろん予め用意しておいた砂糖とか、アリシアが大好きだった紅茶とか色々お土産として渡したら泣かれた。


「立派になって……」


 お土産にアリシア特製の傷薬や、体にいいお茶などを大量に渡そうとするので押し問答になった。前世の母さんと行動が完全に一致。

 そんなに持てないってとよく揉めたな。馬車だから今回は持てるけれど。


「さすがに傷薬はもういいってば。売って家計の足しにしてよ」


「ライハルト殿下はすぐ転ぶんだから、持って行きなさい」


「いやいや、今はもう落ち着いているから」


「いいから!」


 落ち着いた大人な男風のライアンは、そっと笑顔で眺めているだけだった。止めて! 本当はそんなキャラじゃないって知ってるから!

 知らない人が多くて人見知りしているだけでしょうが! 俺とアリシアのおっぱいを取り合ったこと、俺は忘れてないからな!


 その後、織物をシース織りと名付けて売り込んだり、色鮮やかな毛糸にお針子さんたちが興奮したりして、わちゃわちゃ過ごす日々。

 シルク絨毯の製作にも、ばあちゃんと相談しながら挑戦することになった。


 結局税金による投資的なのは全て却下され、今回も全て俺の私財から投資することになった。


 ジークはとっても素直ないい子で、俺に言われた通りに手紙を書いたらルークが戻って来たらしい。

 ジークにわんわん泣かれて、ルークも言葉足らずを謝った。ライアンとアリシアが復興でバタバタしている間、ルークはちゃんと急に家族を失って悲しんでいるジークを支えていたのだ。


 そんでやっぱり、じゃあ今度こそ心置きなくと言って旅に出ようとするのをジークに嫌がられ、しばらく家にいることになったそう。お前のせいだとルークから恨み節の手紙が届いた。

 しばらく近辺が新しい事業で忙しくなるはずだから、乗り遅れないようにしばらくは手伝いをしたりで見守ってあげてと返事をしておいた。

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