第30話 月に一度のお茶会

 カリーナとの婚約からおよそ一年。


 今日はカリーナとお茶会。単純計算でも十二回以上は会っているのに、距離が全然縮まらない。

 俺の知りうる女性陣全員に、どうやったら話が盛り上がるかを相談した。最初は話の取っ掛かりが重要だから、見た目を褒めるべし。


「今日の服も素敵だね」

「ありがとうございます。殿下も素敵です」

「ありがとう」


 実践したけれど、この淡白な返事でどうやって距離を縮めるの? 皆の予想では、これは誰それに買ってもらったとかくらいは言うだろうからって言っていたけれど、超淡白。

 話が少しでも広がったら、好みをさりげなく聞けと言われて教えてもらった質問のうち一つを、試してみよう。


「服とか小物は自分で選んでいるの?」

「いえ。お母様や信頼している侍女と相談して決めています」


 話が広がらない! カリーナはもしかして服飾に興味がないのだろうか。聞いた女性陣の大半がお針子だから、情報収集先をしくじった!?

 リーリアはそんなに私に興味がないのか直球で聞いてみろって言ってきて、周囲に反対されていた。さすがにそんな勇気はない。


 ニコールは食べ物の話をしろと言っていた。だけどそれはダイエット中の女性には禁句で、痩せている人でもダイエットしている女性は多いので危険だと言われた。どうする、何が正解??

 あっ! そうだそうだ。焦り過ぎて忘れるところだった。無難に近況を聞くって案もあった。


「城での勉強には慣れた?」

「はい。皆さんとてもよくして下さいます」


 もう、どうしたらいいの……? アンナもニコールも目を逸らさないで……。

 次は趣味になってそうなものを聞けだったかな。ダメ元で聞いてみよう。


「最近はどんな本を読んでいるの?」

「最近ですか……。息抜きにとお父様に頂いた恋愛小説を少々」

 おっと、やっと話が広がる?


「どんな内容なの?」

「すみません、まだ読み始めたばかりで……」

 アンナー! ニコォォォォル! 俺は心が折れそう!!


「ライハルト殿下は最近どの様な本を読まれましたか?」

 おおー! ようやくカリーナから質問が! だがちょっと待て。最近読んだ本? 読んだ本……無いな……。


「最近は……」

 アンナが口パクでチーズ、チーズと言っている? のかな? 食べ物でもいいの?


「……チーズの製法に関する本を少し」

 正直あれはこちらで纏めているのであって、読書とは言い難いのだが。アンナが激しく首を振っている。よみ間違えたのか。


「チーズ、ですか……?」

 カリーナの反応も微妙。アンナが激しくジェスチャーを始めた。何だろう。長方形で? 巻き巻き? うん? 右手で左手に何か投げて、両手を奥から手前に複数回……!?

 ニコールが先にアンナの意図に気が付いたみたいで、ニコールもジェスチャーに協力を始めてアンナに邪魔だと退けられた。おおぅ。


 諦めずにニコールも少し離れた場所でジェスチャーしている。あれは髭でルヒトじい? 皆でソファに座って寛いでいる……!


「シース織りの本も読んだよ」

「シース織り、ですか? すみません、不勉強で知りません」

 ありがとーアンナーー! ニコォォォォル! ニコールの汗を拭う仕草が眩しい。俺専属の護衛が笑いを堪えてプルプルしている。


 二人のお陰で今日のお茶会はいつもより会話が弾んだ。カリーナをアンナと見送った後、部屋に戻りつつ反省会。ニコールはお茶会の後片付け。


「ライハルト様がチーズと言った時には、思わず声が出そうになりました。九歳の女の子にチーズの話は微妙でしょう。せめてスイーツです」

「一瞬悩んだけれど、ありなのかと思って」


「そもそもあれは読書に入らないでしょう。シース織りはデザイン画を見たのでギリギリ範囲内かと。流行っていますし、チーズの本を貸して欲しいと言われたらどうするつもりだったのですか」

「そこまで考えてなかった。危なー」


 そもそもチーズの製法は秘匿しているから、頼まれても見せることは出来ない。

 俺が投資する際、何処かに真似されたりしないよう、ルヒトじいとケビンがしっかり秘匿する方向で領主と調整していた。


 今も絶賛秘匿中。危ない。


「そうそう、アンナは見ていないから知らないのだろうけれど、シース織りは機織りじゃなくて、木枠に縦糸を張って手で織るタイプだから」


「えっ」


 自分のジェスチャーが失敗していた事に、ショックを受けるアンナ。いや、ちゃんと機織りだとわかる素晴らしいジェスチャーだったと思う。

 単に連想ゲームにも俺は弱いみたい。


 その後、相変わらず話が弾まないお茶会をしつつ、糸の染色先にも視察に行って、投資したり計画を考えたりで忙しく過ごした。

 有り難い事に、オルグチーズとシース織りに糸の染色全部が順調な滑り出し。北部の領地は地名は怪しいところもまだまだあるけれど、まぁ何とか。


 王都で話題になっている地域は全部押さえているので、むしろ最先端?

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