第28話 織物とばあちゃん

 オルグ卿に贈った織物は、シース領近辺に伝わる伝統的な織物で、仕事の合間に家族で協力してコツコツ織って仕上げる大変時間がかかるもの。

 基本的には母親が柄を決めるので、柄も母から娘へ伝えられる。嫁ぎ先でその家の柄を教わる事で、柄も混ざり合い進化して来たそう。


 特に分厚く織った敷物は、冬の寒さを防ぎ家を暖かくする。この辺りの生活必需品でもあるが、最近は織り手が減って来ているそう。

 とにかく手間がかかり、大きな敷物は付きっきりでも一年はかかる。仕事の合間となると、三年から五年は普通にかかるそう。


 昔に比べれば道も整備され、遠方の商品が手に入るようになったこと、他領に出稼ぎに行くようになった人が増えたのも織り手が減っている原因らしい。


「学校が出来たのも一つの原因ですね。きちんと学べる事で情報が入り、中央に憧れを持つ領民も増えました」


 シース卿、ちゃんとまともな話も出来る人。ゴードンをがっちりヘッドロックしているが、それは見ないフリ。


 アンナも俺の乳母をしてくれていたアリシアの旦那さんも、北部出身。学校を出て、仕事がしたくて城の採用試験を受けたと聞いた事がある。

 北部の学校は近隣の領主が協力して、授業料が低く抑えられている。素敵な事だが、北部では割の良い仕事がなく、逆に人材の流出に繋がっているのか。


 織物が雇用創出に繋がればいいな。織物は長い冬を明るい気持ちで過ごせるよう、明るく染めた糸で織る。だからとっても色鮮やか。

 王都で出回る織物は、重厚な色合いが多いんだよねぇ。多分高級そうに見えるからだと思うけれど、部屋が暗く見えがち。やっぱこれ、いいんじゃないかな。王都ではかなり珍しいと思う。


「どう? 私は挑戦する価値があると思うよ」

 ケビンに聞いたら珍しく一瞬黙った。あれ、駄目そう?


「私はこの手の物はさっぱりです。事前に勉強しましたが……。手触りなどが良い物なのは分かります。ですが、それ以外は正直分かりません」

 ケビンはそういう系ダメなのか。俺だけの感触で決断して大丈夫かな?


「私はいいと思いますよ!」

 援護射撃がニコールから来た。


「王都には暗い色ばかりしかないので、女性の部屋やお子さんの部屋にいいと思います。部屋の飾り用にタペストリーにしてもいいと思います!」


「あー、タペストリー、いいね」

「ですよね。ホールに飾れば、それだけでホールが明るくなります」

「だねー」


「壁は壁紙があるでしょう?」

 ニコールと盛り上がっていたら、ケビンがわかっていない。心底不思議って顔をしないで。


「壁紙だけでいいなら、誰も絵画を飾ったりしないでしょ」

 ニコールに説明する気がなさそうなので、俺が説明する。


「えっ、明るさの為にわざわざ絵画を買って飾っているのですか?」

 ケビンの顔が解せぬ……みたいになっている。


 ケビンは芸術系が壊滅的に駄目なことが判明した。絵画の方が主役の時もあるし、華やかさだったりバランスの問題ですよ。戦力外のケビンを置いて、ニコールと話した。うん。好感触。


 村一番の腕を持つばあちゃん家にもお邪魔して、色々見せてもらった。このばあちゃんが若い時に織ったのがオルグ卿の執務室にあったやつ。

 ばあちゃん家は織物が充実していて、明るくて暖かい。織物パワーを感じる。実際に制作中の物を見せてもらった。


 あれだ、前世の記憶がほわっと来た。何処かで見学した。トルコとかあっち系で木枠に縦糸を張って、横糸を結んで織っていくタイプだ。

 ペルシャ絨毯とかの仲間。あれは前世でも高級品として人気だったし、地理的に何故ここ? とは思うけれど、いける気がして来た。


 織るのに時間はかかるが、ばあちゃんは娘夫婦と暮らしていて、時間に余裕があるそう。

 思わずニコールとわちゃわちゃ希望を言ってデザインを決め、俺の寝室用を依頼した。ばあちゃん家にはデザイン画もたくさんあった。

 こっちでは何というのかわからないが、柄もオリエンタルなイメージ。王都ではかなり真新しく感じると思う。


「ライハルト様、準私的スペースの応接室用の方が優先順位は高くないですか?」

 蚊帳の外だったケビンからの指摘に、ニコールと二人でハッとする。


「あっ、本気で欲しいからつい夢中になっちゃった。ばあちゃんにはこのまま寝室用を頼むとして、応接室は誰かに。タペストリーがいいかな?」


「その方が目立ちますしね。他の人にも頼みましょう」


「タペストリーくらいなら問題ないぞ」

 やる気満々のばあちゃんだけれど。


「ばあちゃんの気持ちは嬉しいけれど、色んな人の収入に繋げないとね」


「殿下、ちゃんと考えているんだな!」

「ゴードン黙れ!」

 ゴードンがシース卿からまた拳骨を食らっている。視察が賑やかだわー。


 買取価格の計算はケビンにお任せ。暫定だけれど、ばあちゃんもびっくりの価格が出た。シース卿共々マジか……っていう顔になっている。


 基本的には家で使う物は家で織り、お祝い事で親類縁者に渡すくらいで、今までは金銭授受はなかった。これからがっぽりかもしれんよ!

 縦糸の張り方で色々変わるので、料金表を作らねばとケビンとシース卿が慌てていた。


 大きい物には相応の技術が必要で、最近では小さい物しか作っていない家が多いことが判明。

 まずは織り手の育成からになりそうな予感。チーズよりもずっと長期計画になりそう。

 取り敢えず、それぞれの家に眠っていた大物を宣伝用として購入させてもらった。一番の大物はフォード侯爵家用に確保した。


「ねぇケビン、毛糸も需要ありそうじゃない? お針子さんたちに見せたら興奮しそう」


「そう言えば、セーターとかでもここまで色鮮やかな物は見ないですね」


「でしょ? 毛糸も買って行こうよ」


 色々買って、ちょいちょいゴードンに引き摺り回されている間に、ケビンが頑張ってくれた。

 ゴードンは周囲に雑に扱われているし本人も雑だけれど、とってもいい奴。ゴードンも俺と同時期に王都の学園に入学したらいいのになって思った。


 糸の染色は他の領地なので、次の視察はそっちになるかも。そしたら今度はシース領寄りの北東側に行くことになる。

 お針子さんたちに要相談案件だけれど、確かウールだけでなく、シルク絨毯も前世ではあった。シルクの方が中央貴族が喜びそうな気がする。シルク……。

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