第27話 体験型記憶 派生

 まさか十歳の俺が単独で視察に行けるとは思わなかった。本当にルヒトじいやケビンがどうやったのか謎。でも聞かない。お礼だけは言っておこう。

 多分最近更に城での居心地が悪いと感じている俺に、気が付いてくれていたと思う。実際そう。


 弟とカリーナが優秀なのだから、カリーナが弟の婚約者なら良かったのにという噂が広がっている。噂って言うか、俺に聞こえる様に言われた。

 婚約者を辞退すればいいのにとも言われた。辞退できて、身の安全が図れるならとっくにしています。本当にどうにかならんものだろうか。


 俺がいないなら二人の密会は加速するかも? 浮気を加速させたい訳じゃないんだけど、どうしようもない流れなら、さっさと二人にくっついてもらいたいという気持ちが強い。

 カリーナと定期的にお茶会では会っているけれど、全然仲良くなれる気がしないのです。これっぽっちも。

 カリーナは初めて会った時のままの無口で、どうしたらいいのか本気で悩み中。


 今回向かうのはシース領。オルグ卿の執務室で見た、あの織物を織っているところ。オルグ領は北西にあったけれど、今回は北の中央辺り。

 幾ら俺の為でも、ケビンにチーズのおじさんと言わせたことが申し訳なくて、さすがに名前を覚えたよ。勿論皆に協力してもらって、呪いの様に連呼してもらったけれど。


 前回と基本同じルートかと思ったら、早朝出発をして以前最初に泊まった弟がブイブイ領を通過していった。

 何も言われないけれど、あそこに俺だけで泊まると扱いが酷そうな感じ? 


「さぁ、今日泊めてもらう領地の勉強を始めましょう。サルヴァン伯爵領です」


 ケビンによると、ここの領地はとにかく微妙。位置的には中央貴族と地方貴族の丁度間。

 そこそこ二次産業を成功させてはいるが、中央貴族からは田舎貴族と馬鹿にされて、地方貴族からは中央貴族と同一視されて敬遠されがち。


「位置だけでそうなるなんて、領主も大変だね」


「ええ。二次産業でそれなりに成功しているのも理由でしょう。北部とは仲が良く、ここには今回の目的地であるシース卿の妹が嫁いでいます」


「へぇ」


 普通の扱いくらいは期待できるかもと思っていたら、熱烈歓迎された。ちょっと暑苦しいくらい。

 扱いにはこちらの希望通り特別対応はないけれど、とにかく暑苦しい。


 シース領は北部の交通の要所にあり、北部の領主では唯一本格的に物流に手を出している。

 自分の領地を潤わせるのが目的というよりは、場所がいいから北部を代表して物流を頑張ります的な感じらしい。


 その流れで妹がサルヴァン卿と知り合って結婚した。夫婦仲も良く、サルヴァン卿は北部の窮状を支援している立場だった。

 出来るだけ安く必需品を買い揃え、シース卿を通して北部の物流全般に貢献している。異常に暑苦しくなったのにもちょっと納得。


「殿下が来て下さってから、北部は変わりつつあります。本当に何と感謝すればいいやら」


 サルヴァン卿が前のめり。


「今回は兄の要望に応えて、実家にまで行って下さると聞きました。本当にありがとうございます」


 妹さんは前のめりではないが、期待が重いです。あの敷物が上手くいくかは、まだ誰にもわからないと思います。


 その後訪れた領地でも、何故か熱烈大歓迎。どうやってケビンが調べたのか気になった程だ。

 聞いたら、皆それなりに暮らしていけている地方貴族で、北部の領地とは何らかの関わりがある所だった。


「私が調べたというよりは、オルグ卿からの紹介ですね」

「そっかー。感謝が重いな……」


「何を言っているんですか。誇りましょうよ」

「まぁ、うん。そうだね……」


 何だろう。この人生雑に扱われ過ぎていて、良いことも受け止め切れない男になっている感じ?

 目的地であるシース領で、あの敷物が上手くいかなかったらどうしようかと不安が先行してしまう。


 不安に思いながらもサクッとシース領に着いた。途中の領地で毎回大歓迎はされたが、予定通りに送り出された結果。

 そして現在、シース領でも大歓迎されている。小さい男なのでプレッシャーを感じます。

 そんな気持ちをいい意味でぶち壊してくれたのは、シース卿の息子ゴードン。元気一杯なやんちゃ坊主で俺の一歳上。


「俺、ゴードン! よろしくな! ライハルト殿下って見た目のへなちょこ感が凄いよな! だから城で苛められるんだよ!」

「ちょー!!! ゴードン!!!」


 ゴッッッ!!


 ゴードンの発言と、シース卿の大慌てによる突然の頭ぶん殴りにポカーン。岩と岩がぶつかったような、鈍いが凄い音がした。

 ゴードンはかなり痛かったようで、頭を押さえてその場に蹲っている。シース卿も殴った手を振っているので痛み分けっぽい。


「父上、痛い」

「お前の石頭のせいで、こっちの拳が痛いわ! 言っただろう! この人王子!! 北西部一帯の希望の星!!」


 シース卿の素も出ている。ビシィと俺が指で指された。アンナによく注意されたっけ。ところで希望の星ってなんだ。恥ずかしい。


「さすがに指を指すのはやめて頂けますか?」

 今回もアンナが注意をし、シース卿が大慌てで謝り倒して来た。


「申し訳ございません!」

「父上、格好わるー!!」

 それを見たゴードンが、父親に指を指して笑う。


「お前のせいだろがっ!!」


 ゴッッッ!!


「父上、痛い」


 ぶん殴り再び。終わらなさそうな二人に、助けを求めてケビンを見る。


「一旦落ち着きましょうか、シース卿」


「あぁ! すみません!!」

 その後もしばらくは大変だった。


 夕食時には落ち着いていたが、夕食で合流した奥さんの顔が超絶怖かった。シース卿もゴードンも、奥さんの顔色を窺っている。こってり絞られたっぽい。

 奥さんは俺たちが予定よりかなり早く到着したので、着いた時には用事で留守だった。誰かに出迎えの状況を聞いて激怒したっぽい。


「主人と息子が失礼致しました。とにかく似た者親子で、私も困っておりますの」


 いいの、奥さん。シース卿がガビーンって顔をしているし、ゴードンはニヤニヤしていますよ。

 でも本当に似ているなと思う。シース卿は背も高く、体格も立派で強そう。ゴードンがそのミニチュア版みたい。性格も含めて奥さんの要素が見当たらない。


 困っているという奥さんもなんだかんだ笑顔が多く、毎日賑やかで楽しそうな家族だなと思う。王家には皆無な感じの雰囲気。


 翌日、早速織物を見せてもらう為に民家をうろうろ。ゴードンも案内でついてきているので、とにかく賑やか。

 ゴードンは領民にも雑に扱われているが、愛されているのがわかる。


「ぎゃーゴードン遊んでぇ!」

「ダメだよ、ゴードンは仕事中だよ!」

「ちょっとならいいぞー」

「いいのかよ」

「いや、ダメだろが」

「王子様を放置すんな!」

「いやー! 領主様、ゴードンがー!」


 とにかく賑やか。

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