第40話 ロイドとリーリア

「ロイド、多少汚い手を使ってもいいから情報を集めろ。私も協力する。カリーナとあの侍女を問い詰めても白を切るだけだろう。証拠がいる」


「それは私の敵ですか、味方ですか?」

 まずはそこをはっきりして欲しい。


「味方だ。だが私はカリーナの父親でもある。娘の処刑だけは避けたいと思う親心は許してくれ」

 父はカリーナが処刑されると思っているのか。


 王子の婚約者が不貞したとなると、状況にもよるが調査部門が入れば処刑が妥当。ただ、年齢的に情状酌量の余地はあると思っていた。

 法律がどうなっていたか……。ただ相手がディーハルト殿下であれば、王家からの圧力は無いだろう。


 公正で正しい判断が下されるはずだ。せめてライハルト殿下とは合わなさそうだと、カリーナが早急に父上に相談すれば違っていただろう。

 我が妹ながら愚か過ぎる。私にとっても、大切に思っていた妹を切り捨てるのは苦渋の決断になる。


 けれどこれから先を考えた時、私は愚かな妹によって生き方を強制されるのが許せない。幼いとはいえ、不貞した二人を生涯支えるなど反吐が出る。


 それに気になるのは両陛下だ。少し話せば両殿下に纏わる噂は嘘だとわかる。我々でもわかることが、二人にわからないはずはない。

 では何故、ディーハルト殿下を推しライハルト殿下を蔑ろにするのか。何か彼らだけが知っている秘密でもあるのだろうか。


 母上も交えての家族会議になった。


「わかりました。私はあなたとロイドの決断に従います。けれどあなた、両陛下にどの様な思惑があるかわかりません。彼らが本気で私たちに敵意を持っているなら、全てを我がフォード侯爵家の責任にされかねませんよ」


 母上の視点に父上と共にはっとした。カリーナのことばかり考え、視野狭窄に陥っていた。

 泣いてばかりいたのに、さすが母上だと思う。二人が会っている事を我々に伏せる理由がそれなら理解できる。

 カリーナが浮かれていても、ディーハルト殿下まで浮かれているとは限らないのだ。ハニートラップの可能性もある。


「そう、だな。その可能性もある。陛下がそれに乗るとは思えないが、王妃陛下は我が家が取り潰しになれば喜ぶだろうな……」


 俄かには信じられないが、王妃陛下はそれ程母上を妬んでいる可能性があるのだろう。


「不貞をした娘の為に、あなたや真面目に育ってくれたロイドを失う気は、私にはありません。私が社交を頑張ったのは家族もですが、領民の為でもあります。場合によっては彼らにも影響が出ます」


 母上の決断は早い。けれど、心の中での葛藤はかなりあると思う。


「わかった。ロイドは引き続きライハルト殿下の侍女とも接触してくれ。アガーテはライハルト殿下に対する貴族の動きがないか探ってくれ」


 母上がしばらくの間本当に寝込んだ。気丈なフリをしていただけで、母上にとっても辛い決断だったのは間違いない。

 それでも母上は私に、ロイドの決断は人として正しいと言ってくれた。


 その後、フォード侯爵家の意向を伝える為、リーリアと会った。

 ディーハルト殿下も恋に浮かれているので、フォード侯爵家への策略とは思えないと否定された。


「ですが、彼女に対する嫉妬はかなりのもののようです。本人は元々無意識にライバル視していたそうで、よく彼女の情報を集めさせられていたと聞きました」


「それは、警戒が必要だね」

 妬みという感情は恐ろしい。


「そうですね。ですが、情報を集めていた人物は今は私どもの味方です。今情報を集めるように言われても、情報操作が可能ですよ」


「それは頼もしいね。お願いするかもしれない」


「ええ。最近はどれだけ苦労しているか聞いて、その度に嬉しそうに笑っているそうです。今はそれで満足しているのではないかと思います」


「しかし、息子の命がかかっているのに、私情を挟み過ぎではないか?」


「そうですね。元々感情を優先させる面はあったそうです。今までは周囲で抑えられていたようですが、最近は暴走しがちだと聞いています」


 自分のものではないが、功績を横取り出来たことで気が大きくなっているのだろう。

 次に危険なのは、あのベストを売り込む時か。今回はフォード侯爵家を前面に出す事になる。


「次は冬の装いですから、今までよりもより嫉妬を買うでしょう。護衛までは必要無いかと思いますが、顔を合わせる時は今まで以上に用心が必要です」


「その、私にはよく分からないのだが、そういう事で激しく嫉妬するなど、あるのだろうか」

 同じ女性ならわかるのだろうか。


「人によりますが、男性でも役職に嫉妬して足を引っ張ろうとする人もいるでしょう? 女性でも地位を争う事はあります。特に服飾関係は、女性たちが激しく争っている場です。かなりの妬みを受けると思います」

 女性の地位。社交界か。


「母上は……気丈に振舞っているが、かなり体調を崩している。その状態で対決させるのは……」


「話を聞く限り大丈夫でしょう。きちんとご自身の役割を熟す方だと思います。但し、精神的負担は大きいでしょうから、内外でフォローが必要でしょう」


「すまない、情報交換の場が相談のようになってしまった」

 情けない話だが、理知的なリーリアに言われると心配事が軽減されるような気持になる。


「いえ」


「元々私に粉をかけて来ていた女性が、そちらの弟側にいるんだ。ちょっと引っ掛けて、具体的な情報を得られないか探ってみるよ」


「よろしくお願いします。それと、おそらく……はないと思いますよ。それには幼な過ぎると……に確認済みです」


 音に出さずリーリアが伝えてくれたのは、処刑と調査部門だった。私の気持ちまでお見通しのようだ。


「あなたの決断に、敬意を」

 最後にリーリアから向けられた笑顔が、本当に素敵だった。


 その後、父上と母上用の編み物が渡された。少しは信用を得られたのだろう。

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