第39話 父と息子の苦い相談

 帰宅後、ロイドは重い足取りで父がいる執務室へ向かった。


 帰宅途中も色々と考えはしたが、現在のフォード侯爵家は役立たずなだけでなく、ただの裏切者だ。

 気が重い。それでも、ライハルト殿下がロイドに託してくれたベストがある。何としてでも父を動かさなければならないと、ロイドは心を決めた。

 

「どうした、ロイド。何か問題が?」

 私はリーリアから聞いた話を父上に伝えた。父上は深く考えている。


「そうか。……オルグもシースもライハルト殿下だったのか」


「ええ。殿下はチーズも、オーダーメイドのシース織りもお持ちでした」


「そうか。……しかも我々の分を殿下は用意してくれていたのか」


「そうです。父上は陛下たちの思惑が何処にあると思いますか」


「……正直、よく分からない。ただ、王妃陛下が殿下の功績を奪った理由は想像出来る。あくまで私の推測だがな」

「聞きたいです」


 父上は少し遠くを見つつ、詳細を思い出す様に話してくれた。


「王妃陛下は陛下と結婚後、四年間お子に恵まれなかった。陛下がその気になった時に何時でも相手が出来るようにと、当時の王妃陛下の命令で城に軟禁状態だったと言われている」


 父上が何とも言えない顔をしている。先代王妃がかなり追い込んでいたのだろう。追い込んだからといってどうにかなる問題でもないのに。


「その間、公務は一切されなかった。ライハルト殿下を出産後は第二子をと言われ、まともに公務をされるようになったのは十年程前。随分焦っていると私は感じた。王妃だが、王太子妃としても王妃としても実績は出産のみだった」


 焦る気持ちはわからなくもないが、まだその話が今とどう繋がるのかがわからない。息子の命を危険に晒してまで、我が家を冷遇する理由は?


「それは熱心に公務をされていたと思う。けれどこの十年、王妃陛下に目立った功績はない」


「でもそれは……」


「そうだ、普通によくある事。本来功績を残す方が難しい。けれど十年間、自分ではどうしようも出来なかった功績が、目の前に転がっていたら? しかも見つけて来たのはまだ幼い息子だ。手助けすると言いつつ、自分が中心になりたいと思っても……不自然ではない」


「あり得る話ではありますね。ですが、我が家を冷遇する理由がわかりません」


「それはおそらく、アガーテだ」


「母上ですか? それ程の事があったのですか」


 以前から母上が王妃陛下に気を遣っているのは知っている。けれど妊娠に時間がかかった事と、母上は関係がない。


「アガーテは結婚して直ぐにロイドを授かり、王妃陛下が社交界に出られない間に、社交界での評判を上げた。本来なら王妃陛下がいるはずの場所にアガーテがいると思われていた可能性がある。元々妬まれているのには気が付いていた」


「元々ですか? それだけの理由で、息子を危険に晒すのですか?」


 理解が出来ない。やっと出来た子どもだろうに。


「時に人は、不合理であっても感情を優先する事がある生き物だ。息子を蔑ろにしてまでとは、普通は思わないがな。王妃陛下が昔からアガーテをライバル視していたのは間違いない。私もそう感じる事が度々あった」


 母上は父上と婚約していたし、陛下の婚約者候補になったこともない。それなのに、ライバル視? 何故?


「私には理解できませんね。父上が陛下なら、兄の婚約者と逢瀬を繰り返す弟をどうしますか」


「……私なら、そうだな……。醜聞を避けるなら、相手を告げずに令嬢の家へ不貞を抗議するかな。兄の婚約者に手を出そうとした弟は……ぶん殴るか。令嬢の不貞があれば、どうなろうと侯爵家から兄への協力はそのまま保てるからな」


「普通はそうですよね。父上は他に何を思い当たっているのです?」


「……ライハルト殿下ではなく、ディーハルト殿下を王太子にする。その際、カリーナをディーハルト殿下の婚約者にするつもりではないかと。それでも我々に内密に話が来ないのはおかしいが」


「そうですよね。私もそう思いました。もしその話が来たとして、父上はそれを容認するつもりですか。我が家は誠意の欠片もない、恥知らずな女性をライハルト殿下に紹介した事実に変わりはありませんよ。しかもライハルト殿下には非が無い状態で、裏切ると?」


「……」


 父上は家族を大事にする人だと知っている。けれど、間違いを犯している娘を擁護して、非の無いライハルト殿下を切り捨てるのは間違っていると私は思う。


 それに、そんな女性が次期王妃となって国は大丈夫なのか。それだけでなく、そういう事をする人はその人の性分が大きく関わっていると聞く。

 一種の病気に近いようなもので、一度する人は繰り返すとも。今は親の庇護で何とかなるかもしれないが、今後は? またカリーナが同じことをしたら?


「これを見て下さい」

 私はリーリアから預かったベストを父上に渡した。


「これはまた、見事だな……」


「ライハルト殿下が冷遇されている我々の事を知り、次に売り込む予定の物を事前に用意して下さいました。殿下は常にカリーナも含め、我々に誠意を持って対応して下さっています。それを娘可愛さに、父上は裏切りますか?」


「……」


「今咎めず、今後カリーナが同じことを繰り返さない保障は? 与えてはならない成功体験を、与えるだけではありませんか? 残念ではありますが、カリーナのことは諦めましょう」


「しかし……」

 父上はやはりカリーナに甘い。甘過ぎる。


「私はもう決めました。私はライハルト殿下につきます。今ならまだカリーナの命は助かるでしょう。ですが、またカリーナが繰り返した時、今度は命も無くすでしょう。娘を思うなら、今正すべきだと私は考えます」


「待て、落ち着け、ロイド」

 私は至って冷静だ。ただ父上に、間違っている娘を擁護する様な決断はして欲しくない。ただそう思う。


「私は冷静です、父上。殿下は弟にも婚約者にも、両親にさえ裏切られているということでしょう? ですが殿下もその周囲も優秀です。父上は敵か味方かと、聞かれましたよ」


「……そう、か」


「それでもなお、私にこれを渡して下さった。私は兄の婚約者にちょっかいを出すような人間に興味はありませんし、平然と不貞を行う妹も許せません。私を取るか、カリーナを取るか、です」


 ここで意志を示しておかなければ、いずれフォード侯爵を継ぐのは自分だ。

 カリーナとディーハルト殿下が結ばれれば、自然と次代の私が中心となってディーハルト殿下を支えることになる。

 そんな人生は受け入れられない。そうなるくらいなら……。父上の判断を黙って待つ。


「……我が家は誇り高き侯爵家。たとえ陛下が婚約者をディーハルト殿下に切り替えるつもりでも、我らに相談なく行われるのは下に見られているから。それに加え、我らの力を削ぐような冷遇……」


 言葉に出して考えを纏めているのはわかるが、私は直ぐに決断して欲しい。

 父上がカリーナを選べば、私は父上と今この瞬間から対立することになる。ライハルト殿下の今後の為に母上を味方につけたいと思うので、家族は分裂だ。


 その結果、廃嫡になっても構わない。そう思ってこの話を父上にしている。私とて生半可な覚悟ではない。

 今まで家を継ぐべく費やして来た時間を全て捨てるつもりでいる。願わくば、父上には私と同じ判断をして欲しい。


 王家に傷が付かないようディーハルト殿下を王太子にするには、ライハルト殿下が邪魔だ。評判が悪いだけでは決定打に欠ける。

 侯爵家とカリーナとの関係はそのままにする代わりに、我々にライハルト殿下を暗殺せよと命令が来てもおかしくない。


 そうなれば、我々は罪のない王子を殺した犯罪者になる。

 そんな人生は御免だ。


「決断を」

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