第37話 フォード侯爵家

「カリーナの様子はどうだった?」

 父上の顔が渋い。私の様子からある程度結論に気が付いてしまっているのだろう。


「私が見る限り、室内にカリーナの相手はいなさそうでした」

「そうか……」

 父上は思考を始めると、相槌が"そうか"だけになることが多い。


「帰りにライハルト殿下にお会いしたのですが、カリーナと話が弾まなさ過ぎて困っていると相談されました」

「そう、か……」


「何でも、殿下が一方的に話すしかなく、それにも気のない返事だけの様で、一切話が広がらずに苦労されているようでした」

「最悪だな……」


 思考から浮上した父上の表情は苦虫を嚙み潰したようだった。そうなりますよね。私も殿下の前で表情を取り繕うのが大変でしたよ。


「そう思いますよ。甘やかし過ぎましたね」

「耳が痛い限りだよ」


「それともう一つ。どういう周囲の意図かはわかりませんが、殿下は我々がチーズやシース織りを入手できていない事を知らなかったようです」


「そう、か。まずはカリーナの相手が誰かを調べなければならないな。都合よく風邪を引かせる訳にもいかないし、色々と操作が必要だな……」


「少量ですが、ライハルト殿下から夜会で出せるだけのチーズを譲ってもらいました。活用して下さい」


「助かる」


 結果、母上の筆頭侍女が親族の用事で家を離れ、母上を含む他の侍女数人が同じ食べ物が原因の体調不良になった。父上の仕込みが凄い。

 ただ巻き込まれただけの侍女には非常に申し訳ないが、カリーナのやらかしによっては職場がなくなるので耐えて欲しい。数日体調を崩すだけで、体そのものには害はないそうだ。


 それにより、カリーナの専属侍女に家での用事をこなして欲しいと頼めば、断れない状況が作れた。

 勤務歴から考えても不自然ではない。カリーナも母上や侍女の心配をしつつ、快く専属侍女の貸し出しに応じた。当たり前ではあるが。


 その間に私は、母上の筆頭侍女とは別方向からの情報収集に努めた。

 母上は父上から話を聞いて散々泣いた後、腹を括ったのか非常に頼もしい存在になっている。カリーナの事は二人に任せておけば問題ない。


 母上や侍女の長引く体調不良、母上の筆頭侍女から帰りが数日遅れそうだとの知らせに、カリーナはあからさまに表情を曇らせた。

 ほとんど外出している私にもわかるくらいだ。両親も表向きは平静を装っているが、心中は相当複雑だろう。


 いよいよカリーナが城へ行く日が来た。


 カリーナは浮かない顔をしていたし、カリーナの専属侍女は今日だけはカリーナに付き添いたいと言ってきた。

 明らかに不自然だ。教師に虐められているなどの報告が以前からあるならわかるが、教師との仲は良好で楽しく勉強しているとしか報告はない。


 母上の見事な演技で二人は諦め、勤務歴は浅いが真面目に仕えてくれる侍女とカリーナは城へ行った。

 カリーナと専属侍女二人の、何らかの共犯はこの時点で確定した。けれど、カリーナは城で行動を起こさなかった。


 付いていった侍女によると、特に不自然なことも無かったが、帰り際に残念そうにしていたとだけ報告があった。

 護衛は王妃陛下の気遣いで、同じ人物がつくようになっているから顔を覚える様に言われたそう。


 違う人物は警戒せよとも言われたそうだ。警備は前情報通り厳重。となると外部からは難しい。

 内部で、護衛を何とか出来る人物がカリーナの相手ということになる。こちらで想定していた最悪のパターンだ。


 証拠もないし、現段階ではどうしようもないのではないだろうか。

 何より城内での逢瀬なら、両陛下が敢えて見逃している可能性が高い。それを我々に黙っている理由もわからない。


 ディーハルト殿下は天才と評判ではあるけれど、何度か共にした夕食でそうは感じなかった。

 両陛下に知られずに護衛を撒き、二人で会うことが可能? 普通に無理だろうと思える。


 ライハルト殿下の周囲がそれを知っているのなら、フォード侯爵家が警戒されるのも当然だ。

 我々も、共謀していると思われているのだろう。夕食後の家族会議は、重苦しい雰囲気の中で始まった。


「両陛下の考えが、私には全くわからない」

 父上は一応冷静だが、母上はまた泣いてしまっている。


「護衛の目を搔い潜って、二人きりで会う事は可能だと思いますか」

 私より城へ行くことの多い父上なら、何か知っているだろうか。


「いや、あの警備だぞ。おそらく護衛は知っている。両陛下に報告していないのか、それとも知っていて陛下方が放置しているのか……」


 父上でも無理としか思えないのか。あの侍女が護衛を複数人まとめて誑し込んだ? それも現実的に無理だろう。


「ディーハルト殿下は婚約者を選ばないのだったな。兄弟仲が良いとは思えないし、普通なら理由を調べるよな?」


「そうよ、あなた。そうなると何故我が侯爵家に相談がなく、冷遇するのか。意味がわからないことばかりね」

 母上は泣きながらも話に参加して来た。泣いていても頭は冷静なようだ。確かにその通りだ。話が情報不足で進まない。


 カリーナのことは父上に任せて、私はライハルト殿下の侍女からのお使いを正しくこなして更に情報を仕入れたい。

 こなせばあちらからも情報がもらえるようなので、早く情報交換といきたいところ。

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