第38話 密会と情報交換
今日は接触を図って来た侍女との密会日。ロイドは指定された店に入り、カリーナと待ち合わせだと店員に告げると、個室に案内された。
部屋にはあの時の侍女リーリアと、もう一人女性がいて、既にお茶の用意がされていた。
「この個室には盗聴対策がされていますが、固有名詞はお互いに避けましょう」
物凄く義務的な笑顔と、直ぐに切り出された本題。大きめのテーブルが置かれた部屋で、距離もそれなりに遠い。
本当にほんの少しだけだが、当初侯爵家の嫡男狙いを疑っていた自分が恥ずかしくなる。
「まずは約束していたこれを」
「ありがとうございます」
彼女からはオルグチーズやシース織りを入手できている貴族のリストが欲しいと言われていた。
彼女はリストにさっと目を通して、私の目の前でまさかの胸の間に紙を押し込んだ。ご婦人の胸を凝視するのは失礼だが、思わず見てしまった。
「ここが一番確実で安全なので。それで、そちらが欲しい情報は何でしょう」
「……まずは彼女の機嫌はどうだろうか」
「彼女?」
リーリアに訝しげな顔をされた。
ケビンがいて、察しが悪い人物がこの場に選ばれることはないだろう。となると、本当に心当たりがない?
「あらゆる商品の販売権を握っているあの方です」
「機嫌についてはわかりませんが、そうですね、お互いの認識に随分と差があるようですので、こちらから勝手にある程度情報提供をしましょうか」
有難い話なので頷いた。
話すのはリーリアのみで、隣の女性は無言。だが、私をしっかりと観察しているのがわかる。
疑われている事と、店とはいえ女性一人で男に会わせるのを警戒した結果だろう。我が家への信用が本当にない。
リーリアの話は驚くべきことばかりだった。まずオルグチーズ。
クールベ殿下が視察の際に見つけたと聞いていたが、実際に見つけたのはライハルト殿下だったとは。
そういった情報が我が家では一切入手出来ていない。かなり完璧な情報操作が城で行なわれたのだろう。
殿下が料理人に紹介したことで、夜会での披露に繋がった。
その日の夜会の中心は、間違いなくオルグチーズだったと参加していた両親から聞いている。
「彼は出席できない主に代わり、知り合いに勧めただけです」
夜会での様子をクールベ殿下から聞いた殿下は、増産の為に国家予算の申請書を出した。
ところが、殿下が若いからという理由だけで、陛下が却下。却下を知った殿下が私財で投資をし、今に至っている。
「……そんな話は一つも我々には流れて来ていません」
「でしょうね。だから認識の差があると言ったのです。却下しておきながら、商品は母親に独占されています」
王妃陛下がオルグチーズを直接オルグ卿に注文して、チーズが市場に出回らないのか。
領主が王家からの注文を無碍には出来ないので、そこに関しては仕方が無いところもあるだろう。
ただ、王妃陛下から功労者である出資者の殿下や、我が家に回されるチーズは無い。それで、独占か。
以前殿下が私に下さった分は、オルグ卿が殿下に非常に感謝をしていて、直接贈ったもののお裾分けか?
言葉を商人同士の話だと勘違い出来るように言い換えるせいで、少々理解が難解になっているが、大方は正しく理解できているだろう。
殿下が私財で投資したにも関わらず、母親が勝手に権力に物を言わせて独占するなんて間違っている。
「完全に悪行じゃないか……」
私の言葉に、少しだけれど彼女の表情が和らいだ。
親が子を守る為に、子の功績を自分の事のように振舞う事はままある。
けれど必要な時にあれは子の功績だったと言えるだけの、慎重さを持って行う。
殿下にはただでさえ悪評がある。それを払拭する為に使える、非常に優れたカードを今使わない理由もない。
シース織りに関しても酷かった。あれは領主自らが王家に売り込んだと言われていた。
我々の情報網でもそうとしか思えない話しか流れていなかった。
実際はオルグチーズとほぼ同じ。殿下が見出し針子が絶賛。オルグチーズと同じにならないよう、殿下は応接室に飾り、教師からの口コミで話題にした。そこでまた王妃陛下。
「主はあなた方に一番良い品物を用意していました。そう言って母親に託したにも関わらず、余所へ売られていたようですがね」
オルグチーズもシース織りも、殿下は当然我が家に融通されていると思っていただろう。
まさか了承してシース織りを受け取ったはずの王妃陛下が、事後報告さえも無く裏切っているとは思わない。
「それに関してはすまない。おそらくこちらの落ち度だ」
「というと?」
「母が呼ばれていたのだが、事情があり不参加になった。それが気に障ったらしい。小言を言っていたと他の人から聞いている」
「たった、それだけでですか?」
「それ以外に理由が考えられるか?」
「食品も初めから優遇されていませんよね」
言われて気が付いた。思い出したとでも言うべきか。そうだ。母上が王妃陛下の機嫌を損ねたのはシース織りの時。
オルグチーズの時にはそのような事はなかった。最近の冷遇を挽回するのに気を回し過ぎて、初歩的な事を忘れてしまっていた。私もまだまだだ。
衝撃の情報が多過ぎて、指摘されるまで気付きもしなかった。今もかなり混乱してしまっていたようだ。
「すまない、動揺のあまり冷静さを失っていた。確かに食品の時からだ。ならば何故私たちを冷遇するのか……」
自分で何故と言っていて、思い当たるのはカリーナのことのみ。婚約者でありながら他の男に懸想しているカリーナに対する報復か?
だとしても、自分の息子を危険に晒す必要はない。城の中での状況を知ることが出来ない私たちに、真っ先に言うだけで報復は出来る。
「普通、私たちは重要な守りになる。正直、意味がわからないのだが……」
「我々にもわかりませんが、主の功績は自分たちの物だと思っているのは間違いないかと」
「他に彼らによって、不当な扱いを受けている者はいないのですか?」
「我々が知る限りではいませんね。唯一我が主です」
「……持ち帰って、父に相談させては頂けないでしょうか。こちらでもそれなりに握っている情報はあります。その後で、もう一度お会いしたい」
「お父上が敵の可能性は?」
「それはありません。静観する可能性はありますが、説得してみせます」
信用されていない顔だ。少しはこちらからも情報という名の誠意を見せなければならない。
「おそらく妹は、そちらの弟さんと……」
「知っていますよ。来られる日はほぼ毎日密会されています」
一瞬言葉が出ない。
情報戦が我々に任された仕事であるのに、完全に全てにおいて出遅れている。
これでは外の保護者どころか、カリーナの件も含めればただのお荷物だ。
「それらに関する報告が、私どもにはありません。妹もだんまりです。協力者がこちらにもいる事は間違いないのですが……」
「……そうですか。では、これを」
「これ、は……」
彼女が取り出したのは、色鮮やかな色に染められた毛糸で編まれたベスト。
「次に主が売り込む予定の品です。主が信用出来るようなら渡せと言うので、お渡しします」
「……ありがとう。期待に応えて見せると伝えてくれ」
「かしこまりました」
これで彼女との密会は終了した。
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