第19話 役に立てそう

 残念な気持ちで夕食に呼ばれて行くと、特産品あるやん! と思った。めっちゃ美味しいチーズがそこにはあった。

 城で料理人たちと交流しているお陰で、王都に流通している食材には詳しくなっている。これらは前世では見たが王都で見ていないはず。


 あれだ、前世で言う青かびチーズ。直食いは癖があるけれど、料理に使ったら美味しいよね。じゃがいものグラタン? 美味いし何か懐かしい。


「とても美味しいです」

「ありがとうございます。妻の得意料理です」


 嬉しそうに言う領主の横で奥さんも嬉しそう。そんな奥さんの手荒れがちょっと気になる俺。

 確か保湿クリームを多目に持ってきていたはず。後でニコールに言おう。


 ここに限らずフラタリア王国は湿度が低い。だから年がら年中お肌がパサつきがち。特にここは北の方。更に乾燥するからと多めに保湿クリームを用意してくれていた。

 領主に根掘り葉掘りチーズについて聞いた。


「このじゃがいもの上にかかっているチーズが美味しいです。どういったチーズですか?」

「これはこの地域一帯の保存食ですよ。羊や山羊の乳から作っています」


 それくらいは俺でも知っている。


「これはカビで保存性を高めたチーズですよね」

「そうですね」


 領主には当たり前すぎる話みたいで、聞きたい答えじゃない。今日からはケビンも食事の席に同席しているので、ケビンに助けを求めた。

 ケビンも参戦してビシバシ質問されることに戸惑うおっさんさえ可愛い生き物に見えるくらい、大発見で自分が浮かれているのがわかる。


 羊や山羊を飼っている家が、独自にチーズを保存食として作っていることが判明。町で見かけなかったのは、直接生産者と取引をするから。

 だいたい村ごとに伝統の製法があるらしい。

 城では手間のかかるカビ系のチーズは食べた記憶がない。保存食を用意する必要があまりないからだと思う。


「このチーズ、王都でも売れると思います」

「……そうでしょうか? ありふれた保存食ですよ?」


 領主はイマイチ反応が悪い。なのでケビン。


「ケビンもそう思うよね? 王都では見かけないし、美味しいだけでなく味に個性がある」

「ええ、王都では出回っていない品です。色々と試してみないと分からない点もありますが、上手く提案できれば……」


「だよね。私はワインと同じ様な感じで盛り上がると思うんだよね」

「そうですね、いける気がします。料理長に提案できるよう、いくつか買って帰りましょうか。今の季節なら持ち運びも大丈夫でしょう」


 ケビンと話し合い、取り敢えず通常の倍の金額で購入することにした。

 領主とはまたいやいやいえいえ合戦になったが、貴重な保存食を急遽売ってもらうのだからで押し切った。


 奥さんへの保湿クリームでとても感謝され、食事の時間がずっと和やかになった。領主は奥さん大好きみたいだ。奥さん手製の食事もどれも美味しい。

 チーズは当たるか外れるかわからないから、せめてと思ってケビンには空いている時間に領主の相談にのってもらった。


 護衛も力仕事を手伝ったり、アンナとニコールも元々地方貴族出身なので、何かとお役に立ったみたい。俺? 役に立たないから基本見学。

 こっちの人は大らかみたいで、屋敷の探検までさせてくれた。逆に見学していた俺が邪魔だった気もちょっとするが、有難く探検。


 領主の執務室にもお邪魔して、素敵な敷物を見たりもしたよ。使い込まれて擦りきれていたし、汚れてもいたけれど良い品だと思う。


「領主、これは?」

「オルグとお呼び下さい、殿下」

 年上の領主を呼び捨てとか、ハードルが高いです。本当は~卿って呼ぶのが無難なのだけれど、名前がまだ憶えられていない。


 残念ながら敷物は領主と親交のある他領からの贈り物だった。これもいけそうな気がしたのに。

 結局滞在中に見付けられたのはチーズだけ。せめてこれの売り込みが成功すればいいけれど、最悪俺の定期購入かな。

 私財を節約しているから、チーズを買うくらいの余裕はあるはず。


 領主一家はわざわざ周辺で同じ様にチーズを作っている領主にも声をかけてくれ、各領主お気に入りのチーズをいくつか購入した。

 白カビチーズ、青カビチーズがそれなりの種類と数で揃った。各領主の奥さんの料理レシピ付き。


 この辺りでは料理人を雇う余裕もないので、領主一家でも奥さんが料理をすることが多いそう。

 売り込みたいのではなく、俺が気に入ってくれたのなら、少しでも美味しく食べて欲しいという心遣い。優しさが沁みるわ。

 チーズが当たると良いな。中央貴族は新しい物に目がないって聞いているから、何とかなる気もするけれど、凄く不安。


「何もない所ではありますが、またいつでもお越し下さい。周辺領主ともども、ライハルト殿下を歓迎致します」


 お暇する日。家族に通いの使用人、チーズの生産をしている領民やら、何やら沢山の人に見送られた。誰が誰だかわからないが、期待が重いです。


「成功するといいのはもちろんですが、ライハルト様があまり気にすることはありません。彼らはずっと、自分たちが中央に放置されていることを知っているから、王子自らが動いてくれたことだけで、もう感謝してくれているのですよ」


「それを聞いたら余計に重いわ……」


 ケビンの言葉にビビりまくった。城に帰ったらルヒトじいと料理長を交えて作戦会議を開かなくては。絶対に少しでもいいから成功させたい。

 今は肌寒い季節だったこともあり、無事に王都まで持ち帰る事が出来た。

 次はルヒトじいと作戦会議!

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