第20話 国家予算を申請しよう

 料理長は見たことの無いチーズに大興奮だった。目がキラキラしているよ。


「この白いフカフカした部分は何でしょう?」 

「カビ」


「えっ? この緑や青みがかった斑点は?」

「カビ」


 うん、普通はカビの生えた物は食べないもんね。俺の返事がカビだけになってしまった。


「食べられるカビ。美味しいよ」

 ゴツい料理長が、カビにビビってもじもじしていたので、ぐいぐい勧めた。


「ええい、ライハルト様も食べたのだ、私も!」


 食べるのに覚悟がいったらしい。視察先周辺の人は皆普通に食べていたし、別にゲテモノじゃないのに。普通に考えたらカビはゲテモノか?

 新しい食材に感激している料理長をつついて奥さんのレシピを再現してもらった上で、ルヒトじいに相談。


「美味いな」

「でしょう!」

 ルヒトじいも美味しいって言ってくれた。自信に繋がるね。


「中央貴族に高値で売りつけたいなら、夜会での提供が一番だな。そこで、そこそこ人脈のある奴にとても貴重な品ですって紹介させればいい」


 ルヒトじい、言い方~。俺も売りつけるつもりだけれど、そんなにはっきり言わないで。

 料理長とハノアが、料理の幅が広がりそうだと早速王都向きのアレンジにとりかかってくれた。


 試作品はどれも美味しかった。チーズと蜂蜜は合うよね。見た目がぐっとおしゃれになったグラタン、サラダなどなど。これならいけるかも。

 そのままとワインでもきっと美味しいけれど、売りつけるには華やかな見た目も重要。


 夕食で父上と母上にも好評で、夜会の軽食で提供されることになった。名前はオルグブルーチーズとオルグホワイトチーズと命名。

 直接領地に商人が押しかけたら買い叩かれる可能性があるから、夜会では名前は公表しない。そこら辺もケビンが領主と打ち合わせ済み。


 名前が両方ともオルグになってしまうので、ちゃんと周囲の領主からも許可をもらった。

 こういう時には覚えやすい方がいいんだって。彼らの為にも失敗したくないから、戻って来て夜会に出席する叔父さんにも援護射撃を頼んだ。


 思惑通り、珍しい物や新しい物に目がない中央貴族の話題をさらった。

 叔父さん宛に内政部門へ問い合わせが殺到し、ケビンに話が来て、ケビンと内政部門の担当者とで打ち合わせをすることになった。


 大量供給は現状無理だったので、希少な高級品として少量だけが追加で出回った。

 これ以上保存食を放出して大丈夫なのかと不安になったが、冬を越すために必要な物が買えたと領主からお礼の手紙が届いた。


 少しは役に立てたみたいで良かった。でもなぁ、折角ならもっとガッチリ稼がせたい。


 再度ルヒトじいと一緒に話し合い。さすがに今のままでは供給量が少な過ぎるので、先行投資を領主に勧めたいがそんな余裕は無かった。

 今の生産量では、領民の保存食としてもままならない状況らしい。それを沢山融通させてしまって本当にごめん。


 それならばと、内政部門を巻き込んで増産の為の税金投入の話になった。先行投資ってやつね。

 話の内容が内容なので、基本はケビンとルヒトじいに任せているけれど、話し合いには参加させてもらっている。社会勉強だって。


 なので、流通させてお金に代わるのも重要だけれど、その前に領民の保存食としてもしっかり確保した方が良いという意見を出した。

 十歳の意見でもケビンやルヒトじいは真剣に聞いてくれる。


「何故そう思う?」

 ルヒトじいからの質問。これは多分教育の意味もあるよね。真面目に答えなきゃ。


 チーズって、前世の姉ちゃんがビタミンCと食物繊維以外のほとんどの栄養が取れる優秀な食品とか言っていた気がすんの。

 特にカルシウムの吸収率がいいから、骨粗鬆症対策に食べておけって言われた記憶がある。

 だったら、領民が食べられなくなったら、栄養状態とかで影響が出ちゃう気がするんだよね。それをどう伝えるか。


「ずっと続く保存食には意味があると思うよ。冬に食料が減っても、チーズを食べられている人たちはお年寄りも元気だって聞いた」


「なるほどな……。先人の知恵というやつか」

 ルヒトじいが興味深そうに目を細めた。


「製法を聞く限り、乳を濃縮させていますから、栄養価が高い可能性はありますよね」

 ケビンも賢いなぁ。まさにそれ。そんでカビがいい働きをしていたはず。ちょっと記憶は曖昧。


 この世界、一応栄養って概念は既にある。色々な物をバランスよく食べましょうねっていう軽いもの。だから彩の方が重視されていたりする。

 更に肉が栄養豊富だと思われていて、お金持ちほど肉食が多い。肉も大事だけど、それだけじゃない。野菜を食べるのも大事よ。


「まぁそれは証明のしようがありませんが、肝心の領民が不健康になるのは問題です。まずは領民に行き渡るようになって、それから王都への流通でも問題ないでしょう」


 内政部門の人も賛成してくれた。こんな話し合いに、俺が混ざっているのを邪険にしない時点できっといい人。


「そうだな。中央貴族は希少品を好むし、その方向性でいいだろう」


 相談役のルヒトじいは、大まかな方針が決まったら俺と退室した。細かいのは内政部門とケビンでまとめてくれるらしい。頑張れ、ケビン!


「しかし、いい着眼点だったな」


「ほんと? 褒められると嬉しい」


「褒めてはいるが、最後まで聞け。褒めたのは視察先で領主や領民と同じものを食べるという発想だ」


 褒められる事が少ないので、すぐに食いついてしまった。褒められる事に飢えている十歳です。


「他の奴が行っても、接待料理しか食べなければ発見できない。今まで注目されなかったのも、それが原因だろう」


「皆、接待料理を食べるの?」


「貧しい領地では、集団で泊まりに来られたらかなりの経済的負担になる。だから事前に経費としてお金を渡しておく。そうすると、粗食を食べさせる訳にはいかんと頑張ってたんだろ」


「なるほどー。私が領主に提案したら、ケビンといやいやいえいえ合戦してたよ」


「なんだそりゃ」


 一人二役で真似してみたら、ルヒトじいが喜んでくれた。

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