第15話 ケビン

 内政部門でようやく認めて貰えるようになった頃、陛下に呼ばれた。厄介事の匂いがする。第一王子ライハルト殿下の側近にと打診を受けた。

 俺は内政部門ではまだまだひよっこ。一人で任されるのは簡単な仕事だけだし、それも上司や先輩のチェックが必ず入っている状態。


 ライハルト殿下が無能で傲慢との噂が絶えず流れている状態だったが、それが悪意ある噂だと俺は知っている。

 が、知っている人は他にもいる。何故敢えての俺。


 以前ライハルト殿下は社会見学よろしく、ルヒト様に連れられて内政部門へやって来た。

 その時は北部一帯での長雨による土砂災害の復興や食料手配などで大忙しだった。誰も構っていられなかったし、ルヒト様も不要と言ってくれた。

 殿下は邪魔にならないようにルヒト様と部屋の隅にいて、静かに私たちをじっと見ていた。そして。


「あの人とあの人、寝た方がいいと思う」

「どうしてそう思った?」


「そろそろ倒れそうだし、集中力切れちゃってるよね?」

「他の人はどうだ?」


 全員徹夜続行中。今すぐ倒れて眠りたくもある。出来ないけれど。


「きっとおじさんだから、体力の限界が早いんだよね!」


 さりげなく年齢を抉って来た。数人がダメージを受けている。


「……確かにな。仮眠の用意を」


 ルヒト様の指示によって数名が強引に連れ出されそうになるなか、予算の計算が……! と食い下がる部門長に殿下は可愛く追い打ちをかけた。


「ふーん? 他の人は出来ないの?」

「ぐぬぬぬ」

 出来る出来ないで言えば出来る。


「ルヒトじい、手伝ってー」

「ライハルト様は人使いが荒いですなー」

 そう言いながらもあのルヒト様が、満更でもない顔をしているのにびっくりだった。あんたそんなキャラじゃ無かっただろう。


「だってルヒトじい、こういうの得意でしょ? あ、ここ計算間違ってる」

 恐ろしいと評判だったルヒト様の膝に乗って、計算間違いを指摘する殿下にひやひやする。


「子どもにも出来る計算を間違えたのなら、寝るべきだなぁ。そう思うだろう?」


 ルヒト様の駄目押しで、数名が別の意味でも蒼白になりながら仮眠室へ向かった。

 その後、殿下の手配で侍女が紅茶とおやつを運んできた。おやつは殿下が親しくしている料理人の実験作で、気軽に食べてくれと言われた。


「まずー!!」

「びみょー!!」

「にがー!!」

「当たりは、当たりはないのか!?」

「当たりを引きましたー!」

「これか!」


 微妙なのもまずいのもあったが、全員が寝不足でピリついた雰囲気がすっかり和やかになってしまった。ちなみに私は微妙なのを引いた。

 その様子を見て、殿下はによによしていた。一瞬いたずらかと思ったが、侍女が真剣にお菓子の感想を聞き取りしていた。いたずらでは無く、本気の実験作だったよう。


「気持ちはわかるけど、効率を考えればこそ、交代でちゃんと休憩を取ってねー」


 そう言って殿下は、笑顔で手を振りながら帰って行った。ルヒト様を置いて行ってしまったので緊張感が残ったが、さすが元予算部門長。それらに関係する仕事がサクサク進んだ。


 仕事が落ち着いた頃、料理人がお礼とお詫びに来た。色々な組み合わせを試したくて作っているらしいが、最近は失敗が多くて試作品を食べてくれる知り合いが減っているそう。


「殿下が一括で引き取ってくれたから何事かと思ったら、まさか徹夜中の皆さんのお口に入るとは……」

「事前に実験作だとは聞いていましたし、場も和みましたので大丈夫ですよ」


 あの時現場に残っていた副部門長は、苦いのを引き当てて悶絶していた。少し引きつりながらも謝罪は必要ないと告げた。


「また、持って来てもいいですか」


 その言葉に、副部門長は少し悩んでから了承していた。最近の夜会や茶会での料理や菓子は問い合わせが多いので、度々内政部門でも話題になっている。

 その陰にこれだけの努力があると知れば、断りにくかったのだろう。


 それから内政部門では、ライハルト殿下の悪評が流れてきても適当に相槌を打つ程度になった。噂とは本当に当てにならない。


 王家の中枢に関わると血生臭い話に巻き込まれる可能性が高くなる。悩みはしたが上司にも相談し、側近の打診を受けることにした。

 おそらく将来的にはもっと同世代の側近で周囲を固めるだろう。その時には文官に戻ればいい。仮の立場なら命までは大丈夫だろうと判断した。


 そこの約束はきちんと書面にもしてもらった。給料も今より上がるし、今しか出来ない仕事の経験を得ようと思ったに過ぎなかった。

 それからが大変だった。殿下は私を受け入れてくれている雰囲気だったが、周囲が。殿下が周囲にとても愛されて大切にされているのがわかったが。


 ようやく信用を得た頃、あまりにもひよっこ過ぎるとルヒト様直々に、様々な事を教え込まれた。

 さすが元予算部門長。叩き込まれる内容が多岐に渡り、文官の採用試験以来の猛勉強をするはめになった。


 けれど、これだけでも殿下の側近になった価値はあったと思う内容だった。

 いつまで自分が側近でいられるのかはわからないが、吸収できるものは全て吸収して、少しでも役に立とう。

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