第16話 体験型記憶 道中

 領地の視察へ行く話になった。ただ覚えるのは難しくても、経験したことはそれなりに頭に残っている事にケビンが気が付いてくれた。

 自分で気が付けない事にびっくり。残念仕様なので、何で覚えたかの記憶が曖昧なんよね。


 十歳で単独視察というのは難しいので、外交や視察をしている王弟、クールベ叔父さんに同行させてもらえる事になった。

 叔父さんは外国にも行ったりしていて会えない時は会えないけれど、仕事の合間に煩わしい手続きまでして、よくお土産を持って会いに来てくれる。


 今回もケビンが話を持って行ったら快諾してくれたらしい。

 叔父さんとはトータルでは両親よりも一緒にいる時間は長いと思う。両親よりも家族として懐いているかもしれない。


 初視察。馬車の世界観はよろしくなかった。

 俺、前世で車もバイクもただの移動手段としてしか興味が無かったから、仕組みとかさっぱり思い出せない。興味があったのは食うことのみ。

 太っては無かったよ。ねーちゃんもそんな感じで、体型維持と美肌にうるさかったからね。


 道もイマイチでガタゴト揺れてお尻が痛い。乗り物酔いはしない体質みたいで、本当にそこだけは助かった。

 十三歳になる年に学園へ入学するが、移動に時間がかかるので、それまでに色々な場所へ視察に行けるかというとかなり難しそう。


 ルヒトじいは腰痛持ちだから欠席で、側近のケビンと侍女からはアンナとニコールが同行する。

 ナタリーとリーリアは城に残って、その間に部屋とかを綺麗に保っていてくれる。


 ケビンは乗馬でお尻が一皮剥けて、お尻が硬くなっているのかあまり苦にならないらしい。俺はまだ時々ポニーに乗る程度だし、無理。

 王子だからね、もしもがあっちゃ大変だからって普通の馬にはまだ一人では乗せてもらえないのだ。ポニーも可愛いし別にいいけど。


 叔父さんはこのまま外国に外交へ行くのだが、途中で宿泊がてら国内の視察もする。それに同行させてもらって途中まで一緒についていく。

 帰りは完全に別行動。だから護衛が多め。


「殿下、今日宿泊するアンバー侯爵領の勉強をしましょう」


 そう、北から覚えていっている俺に、今向かっている領地に関する知識はない。王都の近くはさっぱりだ。

 だけどアンバー、薄っすら記憶にあるぞ。鼻筋が通っている貴族だ。本当かどうか確かめよう。


「殿下じゃなくて、名前で呼んで!」

「どっちでもいいじゃないですか」

「ちーがーうー」


 俺は名前で呼ばれる方が好き。だって殿下って言ったら、王族のほとんどが同じ呼びかけだもん。ちゃんと個人を見て欲しいというか。

 親しい人は皆名前で呼んでくれるようになったが、元来ががさつな性格なのか、ケビンはいつも適当。本気でどちらでもいいと思っている感じ。殿下は殿下、俺の殿下は一人みたいな。


「ライハルト様、侯爵領の勉強です」

「はーい」


 アンナと同じく、同行してくれている侍女のニコールに甘えながらケビンのながーい話を聞く。

 ニコールは大らかで度胸のある女性。ちょっとふくよかで優しい顔つきをしている。

 度胸があり過ぎて、ケビンのながーい話に眠気が襲ってきているもよう。派手に首がぐらぐらしている。


「ニコール、眠いなら寝たらいいよ」

「いえいえ、ライハルト様のお勉強中に……」


 寝てしまった。いつものメンバーしかいない時の俺たちに緊張感は無い。俺がそうし向けたのだけれど、ニコールの遠慮のなさは半端ない。

 だけど、そこが凄く好き。


 両親とも弟との関係も希薄だし、侍女とケビンが家族みたいな感じになっている。ルヒトじいはそのままおじいちゃん枠で。

 叔父さんは父上とはかなり年が離れているから、たまに会う親戚のお兄ちゃん枠。


 どこかに心が休まる安心できる居場所があるって、凄く重要なことだと思うんだよね。特にバカ王子扱いされている俺には貴重な居場所。

 俺がどんな風に周囲に言われているかを皆は言わないけれど、詳しく知っていると思う。だからこそ、皆は俺の希望を叶えてくれたという訳。


 いい人たちに恵まれたなって思う。


「ちょっと、聞いてますかライハルト様」

「聞いてるよ。領地収入がかなりあって、侯爵の弟が予算部門でブイブイいわせているんでしょ」

「端折り過ぎじゃありませんか」


 そんな感じで馬車の旅は続き、アンバー侯爵家に到着。アンバー卿は叔父さんの接待に夢中で、俺は本当におまけ扱い。扱いは丁寧だけれどね。

 これは元々予想していたので、驚くことは何もない。実際に俺には何の権限も無いし、評判はブイブイな弟から聞いているだろうし、取り入ったところで微妙だと思っているのだろう。


 過剰に構われたりしないので、むしろ気楽。ちなみに鼻は、確かにアンバー卿は凄かった。五百円玉が入りそう。何処にとは言わないが。

 だけれど、奥さんはもちろん息子さんもそこまでじゃなかった。普通。やっぱりあの日々は無駄だったんだなぁと改めて思う。


 叔父さんの予定に合わせているので、本当に宿泊するだけ。夕方に着いて、夕食を一緒に食べて寝て、翌朝にはさよならだ。

 本当は商売の中継地点として栄えているらしいので、ちょっと町の散策とかもしてみたかった。


 宿泊先で叔父さんは国内の視察もしてるって聞いたけれど、これは視察じゃないと思う。ただの宿泊。

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