第3話 筆頭侍女

 第一王子の筆頭侍女をしていたが、王子が王太子となった際、信頼されて王太子妃の筆頭侍女を頼まれた。

 信頼に応えるべく、王太子妃に誠心誠意仕えることを誓った。


 王太子妃はなかなか子宝に恵まれず、苦しい四年間を過ごされた。

 いくら気を付けていても、苦労をされたことのない夫婦の心無い言葉は王太子妃の耳に入る。


 そして、国王夫妻に容赦は無かった。王妃は四人の子宝に恵まれ、王子を三人、王女を一人授かっている。

 お二人は結婚後間もなく子宝にも恵まれており、子が出来ない苦労をご存知ではない。周囲からの圧迫がどれ程堪えるかご存知ないのだと思った。


 待望の第一子は王子。お互いに肩の荷が下りたような気分だった。

 王太子とも相談し、重責がのしかかるであろうライハルト殿下には、大らかで気立ての良い娘を乳母に選んだ。


 第二子も幸いにも王子だった。これでようやく周囲の圧迫から完全に解放されると思った。

 年齢が近いと揉め事も起こりやすいし、スペアとして育てられる立場は心情的に第一子とは違った難しさがある。

 周囲の状況に敏感で、的確に打破出来るような気の強い娘を乳母に選んだ。


 最初は順調だったように思う。


 二人の乳母は自分の立場を理解しつつも、可能な限り我が子のように王子たちに愛情を注いでくれた。

 王太子妃は出産に時間がかかった事で、公務での実績があまりにも少ない。子どもに時間をかけたい気持ちもわかるが、そうは出来なかった。


 王太子夫妻が実績作りに奔走し、認められて無事に即位された。国王夫妻となってますます忙しく過ごすお二人のフォローに注力した。

 徐々に城では異変が起こっていたのに気が付くのが遅れたのは、完全に私の落ち度だ。


 ライハルト殿下の教師には、一流と名高い教師を付けることが出来た。

 しかし、ディーハルト殿下は歳が近かったこともあり、一流の教師は既に他家と契約していた。

 その為、若くとも評判の良い教師を抜擢することになったのだが、もっと経験を重視すればよかったと後悔した。


 彼がスケープゴートに選ばれ、第二王子付きに不満を抱いていた者たちが、後先考えずに動き出してしまっていた。

 私は自分をここまで鍛え上げてくれた、先代王妃の筆頭侍女に相談した。


「そこまで広まっていては、既に手遅れかも知れませんね……。せめて兄弟仲が不仲にならないよう、幼いうちは接触の機会を減らす事です。視野が広がれば、自然と周囲の思惑も見えてくるでしょう。これ以上の失敗は許されませんよ」


 私は両陛下へ進言して許可を得、各乳母にも告げた。お二人は兄弟としてはかなり疎遠な仲となるだろうが、相手を意識して良からぬ感情に囚われることもある程度防げるように思う。

 ライハルト殿下の教師たちも協力してくれた。それでも、蒔かれた種は勝手に育っていく。


 その状況で何より助かっていたのは、ライハルト殿下の乳母の存在。大らかで気立ての良い娘を選んでいて本当に良かったと思う。

 彼女は周囲の思惑には乗らず、ライハルト殿下に尽くしてくれていた。まさかそれも崩れることになるとは思わなかった。


 その後はかなり大変だった。ライハルト殿下の悪評により、実家に力がある娘たちはライハルト殿下の侍女になることを嫌がっていた。

 仕方なく付けた子爵家出身の侍女に、ライハルト殿下はとても懐いた。


 彼女に筆頭としての必要な能力は備わっているとは思うが、身分の暴力に対抗できるかは不安だった。

 今回の件は私の落ち度が招いたこと。であるから、私が彼女をフォローすると決めた。


 彼女は何よりライハルト殿下のお心を思い、ライハルト殿下に思惑のない侍女を部下に選んだ。

 ライハルト殿下の周囲は問題なく動き始めたが、活気づいてしまったディーハルト殿下の周囲を押さえきることが出来なかった。


 そして、私は自分の無力を嘆くことになる。両陛下はディーハルト殿下の周囲の思惑に乗ってしまったのだ。私の進言は受け入れられなかった。

 両陛下が何を考えているのか、私には理解出来なかった。陛下に至っては、ご自分の妹に起こった出来事を忘れてしまったのだろうか。


 無力感で職を辞すことも考えたが、今もライハルト殿下の傍で頑張ってくれている筆頭侍女を、孤立させることはできない。

 私はライハルト殿下の為にも、城に残ると決めた。ライハルト殿下の命を、心を守らなければならない。彼とて、望んで王太子を目指している訳ではない。


 失態を犯した私の責任は重い。


 日々、ライハルト殿下の悪評が流され、ディーハルト殿下は天才だと言われている。それに対して策を講じない両陛下に、私は日々意見を言った。

 私があまりにも煩いと思ったのか、お二人は子どもの話を私にはしてくれなくなった。反対されるのが嫌なのだろう。


 お二人は我が子であるライハルト殿下が可愛くないのだろうか。両陛下と私の道はその時に完全に違えたように思う。

 それでも公務や周囲との調整に欠かせない存在として、私は筆頭侍女のまま。


 ならば私は今の地位を最大限に利用して、二度とあの様な事が起こらないように尽力しよう。

 私は私の罪を償う為に。子どもたちの今後の為に。私を心から信頼し慕ってくれる筆頭侍女アンナの為に、働くと致しましょう。


 私を先に見限ったのはあなたがた。

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