第2話 教師
八歳までを任される子ども向け語学教師。期間も短く収入もそれほどではないが、子ども好きの自分には向いていると思った。
貴族家の教師として地道に評判を上げていき、第二王子ディーハルト殿下の教師に抜擢された。驚きはしたが、妻も大喜びしてくれた。
ディーハルト殿下は大人しい子どもで、扱いやす過ぎて多少の物足りなさを感じはしたが、授業態度は真面目で物覚えが良かった。
子どもを褒められて気分の悪い親などいない。目標である十二歳までの教師にも抜擢される事を願い、ディーハルト殿下を褒めた。
国王夫妻だけでなく、乳母や周囲に仕える侍女たちも喜んだ。それでいいと思っていた。こうやっておけば次の仕事にも繋がる。
けれどある日、第一王子ライハルト殿下の教師に咎められた。彼は国で最も有名な教師の一人だった。
「君はまだまだ経験不足だね。教師は子どもにやる気を持たせ知識を与えるのは当然だが、親に事実を伝えるのが役割だ。それを間違えてはいけないよ。評価をするのは我々ではない」
正直意味がわからなかった。けれど相手は国でも有名な教師。今後の為にも詳しく話を聞きたいと、素直に思った。
私は子どもが好きだし、もっと仕事の幅を広げていきたい。その為には、まだまだ足りないものがあるのだろうとも思っている。
「何故駄目なのか、教えて頂けませんか」
「自分で気が付けと言いたいところだけれど、今回は仕方がないね。いいかい、君がディーハルト殿下を優秀だと言ったことで、周囲で何が起こっているか考えてみなさい」
意味はわからなかったが、言うのは止めた。そして周囲の情報を集め、徐々に自分がとんでもない事をしていたと気が付いた。
ライハルト殿下は凡人より劣る、ディーハルト殿下は天才。ライハルト殿下よりディーハルト殿下の方が王太子に相応しい。二人の兄弟仲はライハルト殿下の嫉妬により悪化している。
周囲がそう噂しているのを知った。周囲にも褒めてはいたが、天才などと言ったことはない。
その話が、私がディーハルト殿下を褒めたことで起こったのだとわかった。周囲が私の発言を利用して、誇張して周囲に言っていた。
彼らは第二王子の周囲にいることに、誇りよりも不満を持っていたのだと気が付いた。
跡継ぎとそれ以外の使用人では、給料もその後の待遇も大きく異なる。自分が仕えている人が跡継ぎになれば……と思うのも分からなくはない。
けれど普段は表には出さない。それを表に出してもいいと思わせる燃料を投下したのが私。暗い顔で歩いていると、件の教師に再び会った。
「その顔を見ると少しは気が付いたようだね? 君は周囲が兄弟を比較するきっかけを提供していたのだよ。結果はどうだい? 兄弟で比べられて喜ぶ子どもはいるかい? そしてもし、将来ライハルト殿下の方が優秀だと評価された時、ディーハルト殿下はどう思うと考える?」
何も答えられなかった。自分が天才ではないと知った時、ディーハルト殿下はどう思うだろう。
ライハルト殿下もそうだ。次期王太子として育てられながら、弟が天才で相応しいと言われていると聞いたらどう思うだろう。
「……私は、どうしたらいいのでしょうか」
「……ここまで来たら周囲はもう手遅れだろう。君に沈黙以外に出来ることはないだろうね。せめてディーハルト殿下には周囲が過剰に褒めているだけだと、認識させることくらいかな。それも至難の技だろう」
「……」
「賢い者は既に、お二人の兄弟仲を深めることを諦めたようだ。将来、王位継承争いに発展するかも知れないね……。君だけではないけれど、君は確実に加担した。陛下たちが正しい判断をすることを願うよ」
その後、天才であるという話を払拭しようと行動したが無理だった。ディーハルト殿下にもあまり伝わらない。
子どもは周囲をよく見ている。私一人よりも、大多数の意見を信じていた。
念願だったはずの、教師の続投依頼が来て困惑した。
陛下たちはディーハルト殿下が天才だと信じ、ライハルト殿下の為に用意していた教師陣をディーハルト殿下にスライドさせると聞く。
そのタイミングで、わざわざあの教師が会いに来てくれた。
「私はライハルト殿下が学園入学までの契約だったが、教え子の変更を通達されたよ。辞退して継続を希望したら解雇になった。誤った判断が下された。……逃げなさい。何かあった時には全て君の責任にされるだろう」
私は利用されるのを防ぐ為にも、子どもたちの為にも、決して周囲に安易な評価を言うべきではなかった。
だが、もう全てが遅かった。
私にも学ばせてくれた彼は、せめて自分がディーハルト殿下の教師にならない事で、二人の差を埋める事を選んだ。
教師を辞めようかと思っていたが、彼が隣国の貴族の元での仕事まで紹介してくれた。
「いい仕事をして、評価を上げなさい。君に感謝してくれた人が、君を将来守ってくれる可能性があることを願って……。この国に戻ることは、全てが終わるまではおすすめしないよ」
自分だけでは自分の身さえ守れない私には、もう二人の今後が無事であるようにと祈るしか出来ない。
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