転生?先がダメ王子 【長編版】

相澤

 序章

第1話 乳母

 フラタリア王国の王太子夫妻に待望の第一子、しかも王子が産まれた。

 王太子夫妻も国民も大喜びし、国全体が第一子誕生を祝った。長男は未来の国王として、大事に育てられる。


 産まれたばかりの王子は産婆が面倒を見るが、子育てに関しては別。王太子妃の専属侍女の中から乳母が選ばれる。

 条件は結婚していて子育て経験があること。その子どもが五歳以上になっていること。その条件に私は当てはまる。


 乳母は名誉職でもあるが、将来的な立ち位置にも影響する。将来の国王の乳母ともなれば、影響は大きくなる。

 そのまま乳母から王子の筆頭侍女になれるし、その後も信頼を得られれば国王の筆頭侍女、もしくは未来の王妃の筆頭侍女になれる。


 国王や王妃の筆頭侍女になれば、裏方では有数の権力者で給料も桁違い。余程の失敗をしない限り、将来は約束されたも同然。

 私は筆頭を除けば一番勤務歴が長く、評価も高い。筆頭侍女からだけではなく、王太子夫妻からの信頼も得ている。


 今日はその大事な乳母が筆頭侍女から発表される日。事前に本人にだけは知らせがあると思っていたが、それは無かった。全員同時に知らされるらしい。


 絶対に自分が選ばれると思っていた。


「ライハルト殿下の乳母ですが、アリシアにお願いしたいと思います」

「謹んでお受け致します」


 私ではない別の女がそう答えた。


 いくら考えても自分が選ばれなかった理由がわからない。いっそ直接聞きたいが、そんな事をすれば評価が下がると思った。短気を起こしては駄目だ。

 周囲の評価や勤務歴を考えても、あの女が何か汚い手段を使ったとしか考えられない。


 私の夫はうだつの上がらない文官なので、私が専属侍女でいることは生活の為に必須。

 我慢に我慢を重ねて真面目に勤務を続け、その二年後に産まれた第二王子の乳母に選ばれた。


 第二王子の乳母に選ばれることも充分名誉だが、未来の国王とスペアの乳母では将来に雲泥の差がある。

 第一王子が無事に育てばスペアは婿入りする。王族ではなくなるし、婿入り先によっては同行しても旨味は少ない。

 婚約者を選ばず城に残っても、中枢の権力からは距離を置くことになる。


 城に残りつつ上位へいくには、第二王子が王太子になるか、いずれ王妃になる王太子妃の専属に戻るかしかない。

 鬱々とした気持ちになるが、それらが気にならなくなるほどディーハルト殿下に対する愛情も芽生えた。自分の子どもより可愛いかもしれない。


 ライハルト殿下に教師陣が選ばれた。王子には幼い頃から教師をつける。

 第一王子に付けられた教師が、私でも耳にしたことがあるような一流教師陣で嫉妬した。教師は専属で兼任はしない。

 ディーハルト殿下にも、第一王子よりは劣るが評判の良い教師が選ばれた。


 王太子夫妻は無事に国王夫妻になられ、それから風向きが変わったと思う。


 ディーハルト殿下は天才だった。両陛下も周囲の反応も徐々に変わっていく。

 そんな頃、あの女は私から奪った名誉を捨てた。評判を落とした第一王子を早々に見捨てたのかと思い憤慨したが、少しは事情があった。


 あの女の夫は子爵家の三男で騎士。本来であれば爵位を継ぐことはない。けれど領地で災害が起こり、領主一家がスペアの次男ともども死んだ。

 残されたのは次男の幼い子どものみ。それで急遽、夫が子爵を継ぐことになった。元々貧しい領地でさらに災害直後。彼女は苦労するだろう。


 不相応な立場にも関わらず、辞退するどころか居座った罰だと思った。


 王子の教師陣は、八歳になれば本格的なことを教えられる教師に入れ替えられる。天才には一流教師がいいと思いそれとなく早めに進言した。

 両陛下もディーハルト殿下が天才であることを鑑み、第一王子につける予定だった一流教師陣をディーハルト殿下にスライドする事に決めた。


 教師のスライドなど前例がない。周囲からの扱いが一気に変わった。私たちに媚びを売ってくるものまで出て来た。

 ディーハルト殿下の専属侍女が選ばれる時、私は今後を見込んで筆頭侍女として側に残る事を選んだ。


「あなたがディーハルトの元に残ってくれるのなら安心ね。ライハルトは乳母が急にいなくなったでしょう? 仕方が無いのだけれど、ちょっと大変なことになっていてね。ディーハルトのこと、これからもお願いね」


 王妃は私の決断を喜んでくれ、良好な関係を保ちつつ王子の筆頭侍女となった。


 第一王子は乳母が急遽離れたことと、バカであるとの噂から人気がない。私がディーハルト殿下の専属侍女を選ぶ際、優良な人材が沢山残っていた。

 私は多数いる希望者から選り取り見取り。私の言うことをよく聞き、それなりに実家の地位があり、さらに人脈がある娘を選んだ。


 第一王子はますます悪い噂を垂れ流し、ディーハルト殿下の評判はどんどん上がっていく。まさに順風満帆。


「ふふふ。王太子の乳母であり筆頭侍女。いい響き」


 私の独り言が、筆頭侍女に与えられた広い部屋に吸い込まれていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る