第4話 アンナ

 私は貧しい土地にある子爵家の次女として産まれた。それでも贅沢さえしなければ、充分普通に生きていける家だった。

 ただ、貧しい家に産まれた次女ともなると、お金がかかる王都の社交界に出るのは難しい。酷い家ではさっさと修道院へ放り込むと聞く。


 両親はそんなことはせず、次女でも大切に育ててくれた。姉も学校へ通い、私にも学校へ通わせてくれた。弟も産まれ幸せだった。

 両親はよく、自分の身を守る為に必要なものは考える頭と知識だと言っていた。その為には男女関わらず学校へ行き、学ぶべきだと言っていた。


 三人も子どもがいて家計に余裕がなくても、両親はその信念を貫いてくれた。

 そんな時、近隣で大規模な災害が起こった。幸い子爵領に被害はなかったが、この地域ではお互い様で助け合う。


 姉は学校を中途退学してまで、裕福な商人の息子と結婚し、私を学校へ通わせ続けてくれた。私は今まで以上に必死で勉強し、卒業した。

 それでも、両親も姉も言わなかったが、私に選べる未来は修道院、結婚、働くかの三択だった。

 結婚相手がいなかったこともあり、私は働くことを選んだ。お金がかかるのに勉強させてくれた両親と姉には感謝しかない。


 十五歳で城勤めの採用試験に受かり、女性の中では最もステータスが高い職業に就くことが出来た。これで両親にも姉にも恩返しが出来る。

 結婚相手を見つけて退職する人が多い中、脇目も振らずに努力を重ねていると、第一王子付の侍女に選ばれた。

 城内でのライハルト殿下の評判はあまりよろしくない。それで辞退者が相次ぎ、私の様な貧乏子爵家出身の人間にも話が回って来たのだ。


 だけど私は知っている。ライハルト殿下は子どもらしい子どもで、やんちゃ坊主としか言いようがないけれど、下々にまでお優しい事を。

 私の将来の為でもあるが、精一杯務めさせて頂くのに何の不満も無い主だ。


 私を選出した王妃の筆頭侍女シャイナ様に予想されてはいたが、私はライハルト殿下に物凄く懐かれた。

 他の侍女の態度を考えれば当然だと思う。人に仕事を押し付けていいとこどりをしたり、不満を表に出している人も多かった。


 それでも、自分たちが気に入られない事が気に入らないのか、嫌がらせをされたりもした。けれど、負ける気はなかった。

 嫌がらせをする前に、自分の態度を改めろ、である。それしか思わなかった。


 それに、ライハルト殿下は周囲に噂されているほど愚鈍では無かった。ただちょっと、記憶力が悪いだけ。その代わりなのか、空気を読む力はずば抜けて高かった。


 国王夫妻と殿下のお茶会に向けて、私への嫌がらせの首謀者と準備をしなければならず、憂鬱ながらも完璧に場を整えた。

 殿下はご両親の事がお好きなようで、たまに開かれるこのお茶会が大好きだ。邪魔されたからといって、不完全な準備などあり得ない。


 和やかなお茶会の最中に、ライハルト殿下がぶっこんだ。


「母上ー。あの人がね、僕がアンナがお気に入りなのが嫌みたいでね、アンナに嫌がらせするの。僕、どうしたらいい?」


 ここで言いますか殿下よ。しかも、よく気付きましたね? 結構わかりにくくされていたのですが。

 殿下は思いっきり私の虐めの首謀者を指さしている。人を指でさしてはいけませんと後で注意しなければ。


 その言葉に、陛下が嫌な顔をした。そういう足の引っ張り合いみたいなのが大嫌いなお方だと聞く。先輩よ、終わったな。


「あら、そうなの?」

 王妃の笑顔もかなり怖い。


「うん。仕事もね、僕に見えないところは人に押し付けてるんだよ。僕のお茶入れとかはするんだけど、お茶もあんまり美味しくない」

 その後、先輩含めた数人がいなくなった。当然だと思った。


「ライハルト殿下、よくわかりましたね?」

「僕を子どもだと思って舐めすぎだよね」

 ちょっと悪い顔で笑うライハルト殿下に、意外と大人だなと思った。


 そう思っていたら、城の中なのに移動の際に何故二人以上を連れて歩かないといけないのかとの質問に、護衛はライハルト殿下が安全な場所へ避難させる為の時間稼ぎで、私は身を挺してライハルト殿下を守る盾だと答えたら、鼻水垂らして号泣した。


「僕、かけっこ頑張るから~」

 そういう問題じゃないのだけれど。ぐずぐず泣きながらスカートに縋る様が、幼い頃の弟を思い出す。可愛い。

 鼻水は後でカピカピになるから困るけれど。


「私もライハルト殿下を小脇に抱えて走れるように、足腰と腕力を鍛えますね」

「ほんと!? 絶対だよ。一緒に逃げるからね! 護衛も怪我しちゃ駄目!」


 ビシッと指をさしてきたので注意しておいた。それからは面倒がらずに護衛を二人以上連れて歩くようになった。

 護衛もこの話を聞き、微笑ましい視線が止まらなくなっている。大人っぽいと思う所もあるけれど、まだまだ子どもだ。


 ライハルト殿下が八歳になられる頃、私は正式に筆頭専属侍女となった。

 他の侍女の選定も任されたので、畏れ多くもシャイナ様と相談させて頂きながら決めた。

 ライハルト殿下を大切に思ってくれる人を選べたと思う。


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