第一章 傲慢王子からの脱出

第5話 婚約者決定と同時に当て馬も決定

 会社からの帰宅途中に読んでいたWeb小説の短編。主人公は婚約者である第一王子ライハルトに蔑ろにされ、愛想をつかした侯爵令嬢カリーナ。

 典型的なざまぁ展開で男性は没落し、女性がハイスペックな別の男性と幸せになる話だった。

 読み終わった後しばらくしたら、題名も思い出せなくなる様な流し読み。ただの時間潰し。典型的なざまぁ話を読んでスッキリしたかった。



 ──ただ、それだけだったのに。



 ライハルトは勉強を嫌い、傲慢で教養の無い男に成長する。対して幼い頃に婚約したカリーナは、見た目も中身も完璧な令嬢に成長する。

 二人は一緒に学園に入学するが、ライハルトは男爵令嬢モモーナとの真実の愛(笑)に目覚め、カリーナを蔑ろにする。


 カリーナはその様な扱いにも耐え、献身的にライハルトを支えようとするが、ライハルトは卒業パーティーでカリーナに婚約破棄を宣言する。

 そこに颯爽と現れる第二王子ディーハルト。ディーハルトは国王から書状を預かっていて、その場でライハルトの処罰や廃嫡を発表する。


 ライハルトは自分の側近候補と共に退場。その場でディーハルトは昔からカリーナを好きだったと告げ、カリーナも私もですとそれに応えた。

 初恋を叶えた二人は、ラブラブで結婚しましたとさ。な奴。


 そんで今。


 俺、ライハルト十歳。カリーナ八歳と婚約した直後。庭にある石畳の道をカリーナをエスコートして歩き、花に囲まれた白亜のガセポの席にお互いの母親と共に着席した。

 それを建物の陰から見ているディーハルト八歳に気が付いて、思い出してしまった。


 これ、さっき読み終わった短編小説……と。


 今十歳だから、正確には十年前に読んでいた小説なのかもしれないが、気分はついさっき。

 はっきりとした記憶は無くても俺は俺で、小説の幼少期エピソード的な傲慢とは程遠い、はず。多分。


 そもそも前世? の記憶は今もはっきりとはせず、薄ぼんやりな感じ。なので今の性格が本来のライハルトの性格なのか、以前の自分と混ざっているのかさえよくわからない。

 それでも俺は、僅か五千字程度で優秀な婚約者にざまぁされるだけでなく、初恋を盛り上げる当て馬になっている危険性を理解した。


 今は小説の終盤で明らかになる、ディーハルトの初恋シーンだと思う。兄の婚約者に好奇心が抑えられず、こっそり見に来て一目惚れ。


「どうしたの、ライハルト?」

 母上が聞いてくるが、今はちょっとそっとしておいて欲しい。頭の中を整理したい。


「なんでもありません」

 母上が気を利かせてカリーナの母親と話をしてくれている間に、ちょっと色々考えよう。


 初恋でぽっとなっている弟から視線を外し、目の前でお茶を飲んでいるカリーナを見る。改めて見ても、金髪碧眼の理想の美少女って感じ。

 緩く波打つ腰まである金髪もつやつやだし、指先まで綺麗。大事にされているのがわかる。

 小説ではカリーナの実家の描写は特になかったが、家族仲が良いと会う前に母上が言ってた。


 どこからどう見てもカリーナはヒロインスペックだよねぇ。誰もが振り返るような美人に成長して、俺の真実の愛のお相手が霞むパターンだな。

 一応俺も、見た目だけならカリーナに並んでも遜色ない金髪碧眼のイケメンだと思う。きっとヒーローである弟の方が将来イケメンになるのだろうけれど、今は見た目は置いておく。


 カリーナは小説通りなら真面目な努力家。貴族としての責務を幼い頃から理解し、婚約者がクズでも与えられた責務を全うしようとする。

 確か王妃教育が辛くて一人で泣いている時に弟に慰められ、そこから二人の密会が始まったはず。


 その時の俺は、授業を抜け出してばかりとかじゃなかったかな?

 それで余計にカリーナの教育が苛烈になっていると弟に教えられ、カリーナは驚きつつも弟と授業後に会えることを心の支えに勉強を頑張る。


 この国の王子は他国に年齢の釣り合う王女がいなければ、十歳で婚約者を決めるのが慣例。

 カリーナは十歳の誕生日に、近いうちに弟も婚約すると思い至る。それでようやく初恋を自覚する。


 自分は兄の婚約者。だから自分の気持ちに動揺はしつつも、その想いを封印することにする……。

 初恋を封印? ちょっと待って。そんなの止めて欲しい。思い出にするならともかく、封印って。


 小説でもずっと心はあなたをお慕いしていました、みたいなセリフがあった。

 ほぼ婚約当初から弟を好きになり、弟と会えることを支えに勉強を頑張るのよ? 俺の存在って。


 しかも小説で弟は、カリーナ以外と婚約なんて考えられなかったと、婿入りせずに城に残ることを選んでいた。

 城に残る場合は王位継承争いを防ぐ為に、婚約者は時期が来るまで選ばれない。継ぐものが無いので無理に選ぶ必要もなくなる。


 弟はこれからも貴女を近くで支えますとか、カリーナにプロポーズみたいなこともしちゃってた。

 カリーナもそれを嬉しく思って、頑張るわ的な流れ。相思相愛ってやつですよね?


 二人して封印封印って、相手の人(今回は俺)に滅茶苦茶失礼なことをしているって気が付かないのかな。

 いくら政略結婚でも、泥沼不倫の気配しか無ければ大人だって考えるよね?  何より弟を好きな人と結婚なんてしたくない。


 せめて弟、兄の婚約者に一目惚れしたって両親に言えよ。何故隠す。こっちは政略結婚で会ったばかりの関係。

 驚きはしても傷付きはしない。婚約当初なら変更だって可能かもしれないのに、マジで何故隠す。

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