第35話 知りたくないことまで知れた

 我が家はこれらのチーズの入手にもほぼ失敗している。今回の入荷分も両親が事前に情報を入手し、手を尽くしたが入手出来なかった。

 他家で開催されたパーティーでは振る舞われたと聞くから、それなりの量が出荷されていたにも関わらず、だ。


 このチーズも王家が新たに発掘した。本来であれば、殿下の婚約者がいる我が家が優先的に入手出来て然るべき物。

 些細な事ではあるが、何度も続けば周囲に侮られるし、いずれは中央貴族内で幅を利かせられなくなる。だからこそ両親は必死になっている。


 これに関して我々は、王妃陛下の機嫌を損ねてしまったせいだと思っている。だからこそ、何故我が家に融通してくれないのかと強く言えない。

 ただ、王妃陛下が機嫌を損ねたとしても、そろそろ機嫌を直してもらわなければ、守れるものが守れなくなる。


 いくら機嫌を損ねたとは言え、自分の息子を守る盾を冷遇し続けるのは常識的に間違っている。

 取り返しがつかない事になる前に何とかならないかとは思っているが、今のところは無理そうだと父上も諦めている。


 殿下はそれを一切ご存知ないようだ。母親のその様な話は知らせたくないと側近が考えたのだろうか。


「新作はもう食べた?」


「……残念ながら、外食が続いておりまして」


「ふぅん」


 誤魔化したが、ケビンにはバレバレだったようだ。殿下は気が付かなかったようで、和やかな会話が続いてはいるが、どうしたものか。


「それでだけれど、実はロイドにカリーナは何に興味があって、どういう物を好むのか教えてもらえたらなと思って」


「カリーナ、ですか」


 あれだけ身だしなみに気を使って出掛けているのに、殿下と上手く話せていないのだろうか。

 いや、そもそも私が会えたのもたまたまだし、二人はお茶会以外に会うのを禁止されている。


 今話をしている感じでも、噂の殿下とここにいる殿下は別人。父上の言っていた事が正しいとなるとカリーナと城、むしろカリーナと両陛下に何かありそうだ。


 殿下の側近はそのことについてどう思っているのか。父上はフォード侯爵家そのものが殿下の周囲に警戒されていると言っていた。

 私もそう感じる。そうなれば、素直に聞いたところで教えてはもらえないだろう。


「残念ながら、私もカリーナの好みについてはあまり知りません。年の離れた娘に両親が舞い上がってしまいまして、本人が何かを望む前に全て両親が買い与えてしまっている状態でして」


「あー、そういう……。八歳離れているのだったっけ」


「ええ。甘やかし過ぎだと注意したこともあるのですが、なかなか……。ですからカリーナ自身、自分の好む物や興味のある物がわからなくなってしまっているのかも知れません」


「うーん……」


「何かお悩みが……?」


 殿下はちらとケビンを見た。ケビンが止めなかったので、話してくれるようだ。


「お茶会で、話が弾まないんだよね。基本私が話をしてそれに反応はあるけれど、話が広がらないんだよねぇ」


 カリーナはそこまで口下手ではない。食事の時に今日あった出来事を楽しそうに話すし、人の話にも興味があれば質問くらいはする。

 殿下と話が弾まないカリーナが、身だしなみに気を使って浮かれている。残念な事実が確定したようだ。


「私も今度、カリーナに聞いてみますよ」


「頼むよ、もうどうしたらいいのかわからないんだ」


 本当に困った顔で言っている。話が弾まない人と二人きりにされて困る気持ちはよくわかる。

 それでも努力をしようとしてくれている殿下に対して、カリーナが最低なのがよくわかった。


「殿下、そろそろ」


「ああ、そうだね。 こちらが引き止めたのに悪いけれど、もうすぐ次の教師が来る時間になってしまったよ」


「いえこちらこそ。つい長居をしてしまい、貴重なチーズまでご馳走になってしまいました。ありがとうございます。殿下とお話することができてよかったです」


「私もだよ」


 私は今得た情報について考える事を優先するあまり、殿下が私を不思議そうに見ている事に気が付かなかった。

 殿下がバカで傲慢な考え無しであるなど、とんでもない。私自身もあまりにも多い噂に先入観を持ってしまっていたのだろう。


 馬車に乗り込む寸前に、一人の侍女が急いでやって来た。


「間に合って良かったです。こちら、先程のお茶請けを気に入って頂けたようでしたので、主からです。お持ち下さい。それと、こちらはお店への紹介状です」


 チーズをお茶請けと言えるのかどうかは微妙な所だが、入手困難な品に対する紹介状は無意味だろう。

 となると、他の意図を感じるので大人しく受け取ろう。お土産を渡すのに、馬車に乗り込む寸前を狙った感じなのも気になる。


「ありがとう。……感謝していたと伝えておいてくれるかな」

「かしこまりました」


 意図はわからないまま、渡されたものを馬車の中で見る。お土産はチーズ。紹介状には……。

 やはり殿下の周囲には優秀な人材が多いようだが、頼まれた事の意図が少しわからない。


 父上には話さず単独でと書かれているので、父上は確実に信用されていないのだろう。

 カリーナの件は父上に相談、紹介状の件は独自に動くか。

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