第34話 知りたいことを知れた
案内されたのは、カリーナがいる勉強部屋と似た様な構造の部屋だった。奥に勉強部屋、手前が応接室になっているのだと思う。
調度品は華美ではなく落ち着いた雰囲気で、無駄遣いをしているような雰囲気はない。失礼にならない程度に部屋を見る。
壁面に飾られていたタペストリーに目が釘付けになった。あの父上が珍しく、貴族的な考えを抜きにしても欲しがっていたシース織りだと思う。
「これは……」
「気が付いちゃった?」
純粋に喜んでいる雰囲気は、自慢の品に気が付いてもらえた年相応の少年に見える。
「シース織り、ですよね」
「そうだよ。織り手と相談しながら、オーダーメイドで作ってもらったんだ」
シース織りは王妃陛下が茶会で紹介して以来、話題になって入手困難な品になっている。
最初に売られた大判の敷物見たさに、購入出来た家の招待状を持っていれば、パートナーが選び放題になったという話まである。
王妃陛下が最初に紹介した時以外に出回っている品は、今のところ無いと言われている。
父上が伝手を駆使してようやく手に入れたティーマットほどのサイズを私も見せてもらった。
今までにない鮮やかな色合いに異国情緒溢れる柄、緻密な織り。手触りの良さ。どれをとっても今までの織物とは一線を画す品だと私は思う。
このサイズともなれば、中々お目にかかれる物ではないだろう。
「素晴らしい品ですね。オーダーメイドは受付していないと聞きますが」
気のせいか、室内の雰囲気がピリッとした気がする。もしや無理矢理作らせたのだろうか。
「織るのに時間がかかるんだよ。オーダーメイドになると図案も必要になるし、大判になると技術もいる。織り手が沢山いる訳ではないから、ここまで話題になると対応している暇がなくてね」
だから小さなサイズが少し出回る程度になってしまっているのか。ただ、なんだろう。会話に違和感を感じる。この違和感はなんだ?
「そうですか……」
「敷物だと、もっと分厚くてふかふかだろう?」
返事は微笑むだけに留めた。殿下は我が家が入手出来ていない事を知らないのか。困ったな。
王妃陛下がシース織りを紹介した時、母上もその場に誘って頂いてはいたが、事情があって参加出来なかった。
それが王妃陛下の気に障ったのか、その場でシース織りは全て販売されてしまった。
当時ディーハルト殿下の婚約者になると言われていた令嬢の家が、一番良い敷物を購入した。
我が家としては第二王子の婚約者の家ならと思って沈黙したのだが、ディーハルト殿下は城に残る事を選び、婚約者を望まなかったと聞いた。
我が家の面子が潰れただけになってしまった。
話題を変えよう。そして、時間は有限。聞きたいことを聞いてしまおう。
「殿下は今日の勉強はお休みですか?」
「いや、ちょっと……ね。ケビン、言ってもいいと思う?」
殿下の言葉に控えていた男が頷いた。彼が噂のケビンか。彼は優秀だと聞いた事がある。殿下も信頼しているようだ。
「教師が時間になっても来なくてね。何かあったのかと思って宿舎まで行ったら、ぎっくり腰でベッドの上で悶絶していたんだよ」
「はっ……?」
予想とはあまりにも違う返答に、思わず声が出てしまった。サボる以前に、教師を心配してわざわざ宿舎にまで行くとは。
「そうなるよね。私も笑ってはいけないのだろうけれど、悶絶している姿があまりにも普段とかけ離れていて、笑ってしまいそうになったよ。腰が痛くて人を呼ぶ紐も引けずに……うぷぷ」
「殿下」
笑いを堪えている殿下を、直ぐにケビンが諌めた。噂通りの優秀な側近に見える。優秀なら、何故噂の出所を放置しているのだろうか。
「あー、それで医者を呼んだり人を呼んだりしていたら、今の時間になってしまって。時間も中途半端だしどうしようかと思っていたら、ロイドに会ったんだよ」
「そうだったのですか。早く治るといいですね」
本当に今日は運の良さが重なって会えただけのように感じる。嘘をついている気はしない。
「そうだねぇ。せめて痛みだけは早くなくなるといいと思うのだけれど。そうだ、ロイドはチーズは平気?」
「え? ええ」
急に何の話題転換かと一瞬警戒してしまった。
殿下の目線に応えて、侍女が奥に下がった。父上が言うように周囲は有能に見える。
信頼関係もしっかりとありそうだ。怯えている様子もない。では、あの酷い噂はどこから?
ディーハルト殿下の陣営からと考えるのが一番容易だが、ディーハルト殿下は城に残り殿下を支えると公表予定と聞いている。
にも関わらず殿下の悪い噂は消えない。陣営の単なる暴走ならまだいいが、規模と頻度から考えれば何かもっと嫌なものを感じる。
侍女がワゴンを押して直ぐに戻って来た。予め用意がしてあったのだろう。出されたお茶と軽食には、これまた入手困難なチーズがたっぷりのったバゲットが鎮座していた。
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