第9話 勉強楽しい

 地理には思いっきり躓いた。昔いたじーちゃん先生に世界地図をもらっただけで、一切勉強していない。

 じーちゃん先生も、どこの辺りで使われている言葉かくらいは知っていようね、くらいの緩さだった。

 今まで学んで来なかったことにも驚かれたが、結論としてはこればっかりは覚えるしかない。


「こっちが最新の世界地図で、こっちが国内地図な。世界地図とか調子に乗っているが、海の向こうには他にも島や大陸があって人がいるからな。蛮族が住む大陸は世界じゃないんだと」


 わあぉ、だった。手書きでわかっている島や大陸を書き足してくれた。


「話のネタにはなるが、ここではあまり人に見られるなよ。色々言われるぞ」

「わかった」


 私室にある俺専用のトイレに貼った。ここに入るのは掃除をしてくれる俺専属の侍女だけ。安心安全。トイレの時しか見ないとか言わないで。

 書き足しのないのももらって、部屋にも貼ったよ。何度も目で見て刷り込みで覚えよう作戦。時間はかかると思うけれど、頑張ろう。

 今までとはやる気が違う。


「教師が変わって良かったよ。ルヒトじいも、実は弟の教師の方が良かったりする?」

「はっ……?」


 毎日一緒にいるので、名前を覚えられた。

 しかもルヒトじい、俺が人の名前も覚えるのが苦手だと伝えたら、毎日自分の名前を連呼してくれた。その対応がとても嬉しかった。


 驚いた顔をしていたルヒトじいの目付きが、チビりそうなくらい厳しくなった。こわいこわい。普段はサンタクロースみたいなのに、何これ。

 重要なことだから、今のうちに聞いておきたかっただけなのに!


 何故そんな事を言ったのか詳しく聞かれ、ぷるぷるしながら答えた。サンタクロースでも怖いものは怖い! むしろ余計に怖い!

 前世で見たスプラッタ映画の、猟奇殺人犯がサンタクロースの格好をしているのを思い出してしまった。斧が! チェーンソーが!


 アンナはそんなルヒトじいが全く怖くないのか、俺の話に嬉々として補足をいれていく。アンナも心底あいつらを嫌っていたからね。


「ふん! そいつらは教師失格だな! 初めて教師をする私の方が向いている!」

 同じ意見だけれど、怖ぇよ、ルヒトじい。アンナは満足そうに頷いている。


「やっぱり普通はそうだよね。父上は発奮材料にしろとか言ってきたんだけれど、王家に生まれたら皆そんな感じなの?」

「何を言っている! 発奮材料どころか揉める原因だろうが」


 だよねー。普通は兄弟姉妹仲が悪化する原因になりそうだし、そうでなくても性格が歪むよね。だから暗殺対策とかが厳重なのかな。

 だけど、それを問題だとは思っていなかった父上。そっちが問題だよね。同じ境遇で育ったから問題と思わないのかな。


「教師は基本住み込みで働くので、いい教師が空いていなかったのかも知れませんね」


 アンナの慰めは失敗だな。俺王子よ。教師を入れ替えする時期がわかっているのに、それはないと思う。気持ちは有難く受け取るけど。

 敢えてあんな教師を選んだ可能性の方が高いと思うなぁ。でもなんで? ここは深く考えない方が自分の心にはよさそう。一旦置いておく。


 叔父さんは優秀だと聞くけれど、父上とは歳が離れているから、父上は俺と同じ境遇でも平気だったのだろうか。

 だとしたら、やっぱり王太子なんてなりたくない。あの境遇を当たり前のこととして生活していくとか、地獄でしょうに。


 ルヒトじいの何かに火がついたのか、それからますます授業が面白くなった。

 ルヒトじいは、元々外交部門の文官だった。外交部門で手腕を発揮し、気が付いたら予算部門長になっていたらしい。何それ。


 元々は他国へ行った時に、自国で伝わっている歴史と他国で伝わっている歴史の差異を知り、本当の歴史を知りたいと思ったそう。

 だけれど、本当の歴史を知るには立場が必要になる。だからという理由で、最も真実の歴史を知れる立場にある外交部門の文官を目指した。


 無事に外交部門で採用されてそこで昇進を目指したのだが、外交関係で予算にも関わるうちに予算部門の外交担当に異動命令が出た。

 情報は得られるので気にせず働いていたら、いつの間にか予算部門長になっていたとか。

 今はその経験を活かして、相談役として城に留まっている。それなのにあまり相談を持ちかけられないとかで、結構暇していたらしい。


 だから外国語も、計算やお金に関する事も教えてもらえる。更には歴史オタクで、地理にも詳しい。教師としての幅が一人でかなり広かった。

 後、人として面白い。あまり王家を尊敬していない感じがするし、それを隠そうともしていないのもいい。それに、俺を一人の子どもとして扱ってくれる。孫を見るじいちゃんみたいな。


 ルヒトじいは歴史を教えてくれても、鵜呑みにするな気を付けろと言う。そして、こっそり他国での歴史を教えてくれたりもする。どっちかわからんが捏造が凄いことがよくわかった。

 ルヒトじいに付いていけば、柔軟な考えの持ち主になれそう。それって社会に出た時に一番重要な力だと思う。


 授業はどれもこれもが面白いのだが、ペースがゆっくりなのか、噂によるとついに弟に抜かれたらしい。

 小説の王子はここで完全に心が折れたのだろうけれど、俺は大丈夫だった。


 ルヒトじいが何かしてくれたようで、新しくやって来た他の先生たちの授業もどれも面白く工夫がされていて楽しい。

 全員ルヒトじいの知人だった。個性がきつめ。皆面白いからいいけど。

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