第15話 地下室で





 整理整頓を始めて、どのぐらい経ったのだろう。

 すでに俺は疲れ切っていた。



「……腰が痛い」



 一箇所に物を集めて、そして綺麗に元に戻そうと考えたのだが、まず移動するのが大変だった。

 本も物も軽くはない。

 それを一気に運んでいると、腰に鋭い痛みが走る。



「まだ、そんな歳じゃないと思っていたが……若くないのか」



 自分の体の衰えを感じ、精神的にもショックを受けた。鍛えているつもりだったが、全盛期に比べると弱くなっているようだ。

 手のひらを握ったり開いたりして、俺は前との違いを比べてみたけど、よく分からなかった。



「再開するか」



 いつまでもショックを受けて固まっていたら、整理整頓はおろか何も終わらない。

 明日から鍛え方を変えよう。そう決めて、俺はまた荷物を一箇所に集めていく。



 それからさらに時間をかけて、なんとか荷物を集めたが、これで終わるわけが無い。

 この俺よりも高い山を、いるものといらないものに分ける作業がある。

 集めている時にやろうかとも考えたが、置き場所が無かった。


 だからある程度のスペースが出来た今やる。

 こういう作業は苦手だ。

 いるかいらないかの判断をするのが、壊滅的に下手だからである。

 きちんとした性格だったら、まずこんな状況になっていない。

 分別しようと思っても、いつかは使うんじゃないかと、捨てられなくなってしまう。


 そんな性格の俺が、上をゴミ屋敷にしていないのは、ただ物が少ないだけに他に無い。

 物を増やさなければ、捨てなくてもいい。

 元々物欲がなく、最低限のものしか持っていないから、なんとか綺麗な状態を保っていられた。


 でも地下室は別だ。

 この家に来た時の荷物をそのまま放り込んだから、結構な量がある。



「心を鬼にして。いらないものから捨てる」



 口に出して言えば、自分への甘えも無くなる。

 俺は誰が聞くでもない宣言を、大きな声で発した。



「それにしても……静かだな」



 天井を見て首を傾げる。

 上ではマルが魔法の訓練をしているはずなのだが、物音が全くしない。

 気をつけろという言葉を守って、静かにやっているのか。でも、こんなにも静かだと心配になる。

 顔を見に行った方が良いのかもしれない。


 俺は体についた埃をはらって、休憩がてらに上に行こうとする。

 部屋の扉をちょうど開けようとした時、物音が聞こえてきた。トタトタという床を走るような音と、何かまた違った音。



「ちゃんとやっているみたいだな。邪魔しない方がいいか」



 きっと集中している。

 そんなところに俺が行って、その集中を途切れさせるのも良くない。

 別に休憩はここでも出来る。

 俺はドアノブにかけていた手を下ろし、部屋の中に戻った。


 椅子も置いてあるので、座るところの埃を拭いて落とし、背もたれに深く寄りかかって座った。



「あー。腰が痛い」



 大きく伸びをして体をほぐしていると、床に置いてある本の一つが目に入ってきた。

 どうしてそれだけに注目したのかというと、タイトルが気になったからだ。

『獣人の生態について』まっさきにマルの顔が思い浮かび、そして自然と本に手が伸びた。


 別に今の生活でなにか支障があるわけじゃないが、座っていても暇なだけだからとページをめくった。

 目次の最初には、『獣人とは』という項目があった。

 これは別に読まなくてもいいか。

 そんなに休憩もしていられないし、気になるところだけを読もう。

 俺は指で章の項目をなぞっていく。


『食事について』の文字が目に入り、俺はページ番号を確認して開いた。



『獣人は肉食、草食、雑食に分かれている。肉食の中には昔、人間を餌にしていた種族もいたが、現在その文化は完全になくなった。時代の流れとともに獣人にも好みというものが出来、同じ種族だとしても全く異なる場合がある』



 ここまで読んで、俺は目次に戻った。

 マルの好きそうなものでも見つかればと期待したが、収穫は得られなかった。

 目次に戻り、また気になる項目を探す。



「……これは」



 その文字が目に入った途端、俺の体は自然と動いていた。見ようと決める前に、すでにページを開いていたのだ。

 どれだけ気になっているのだと、恥ずかしさと呆れが混じる。


 文章を目で追いかけて、頭で理解する。

 難しい単語もあるから、読み取るために文章の横に指を置いた。



「ええと……」



 いつしか片付けのことを忘れて、すっかり本に夢中になった。



「なん、だって」



 その章を全て読み終えた時、がくぜんとした。信じられなくて、もう一度同じところを読んだが、書いてある文字が変わるわけが無い。

 混乱している頭の中を整理して、そして全てを結び付けた時、俺は部屋を飛び出した。



「おい!」


「ちょうど呼びに行こうと思っていたんだ。お昼を用意したんだけど、その前に風呂に入った方がいいな」



 俺が前に使っていたエプロンをつけていたマルが、埃だらけの俺の姿を見て風呂に行くように勧めてきた。

 いつもならば、素直にその言葉に従っていただろう。


 でも今の俺には、最優先にするべきことがあった。



「これはどういうことだ?」



 マルの鼻先に、俺は開いたページを突きつける。


 その章の項目は、『獣人の求愛行動について』





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