第13話 それからの変化
まるで餌付けのような行為だったが、マルは気に入ったらしい。
「シュウ、これが食べたい」
「はいはい、分かったよ。ほら」
「ん、美味しい。シュウも食べてくれ。これ、すごく美味しいから」
「んむっ。……これ、お互いに食べさせ合っていたら意味無いんじゃないか?」
食べさせられるのも好きなようだが、それと同じに食べさせるのもブームになっている。
スプーンを差し出されれば、断る理由も無いから食べてはいる。
でも、お互いに食べさせ合うなんて、どんなバカップルなんだ。新婚夫婦かというツッコミをしたいぐらい、空間にハートが散らばっている錯覚になった。
「シュウの作る料理は、いつでも美味しいな」
「あー。最近はレシピを見て作るようにしたからな」
誕生日の日に作った料理は、いつも以上に好評だった。
レシピ本通りに作ったのは、普段の目分量よりも美味しかった。
そうなると、これからも美味しいものを食べさせてあげたいという気持ちが湧き出てくる。
暇な時間に、他のも発掘して作れる料理の種類も増えた。
マルの成長を考えたら、健康に気を遣って料理を作るべきだ。
そういうわけで、趣味は料理だと言えるぐらいに、俺のレパートリーはどんどん増えていった。
「前から美味しかったけど、最近はさらに美味しくなっている」
「それなら良かった」
「ああ。きっとシュウの愛情を感じられるからか」
思わず吹き出してしまった。
「お、まえ……そういうことばかり言いやがって……」
よく口説かれているかのような言葉をかけてくるが、全く慣れるわけがない。
恥ずかしい奴だと軽く睨めば、逆に嬉しそうにされてしまう。そんな顔を向けられると調子が狂う。
「番には愛の言葉をきちんとかけないと、不安にさせると聞いた。俺の気持ちを疑われたくはないからな」
「ま、だいうか。それを」
番だのなんだのと、いくら訂正しても諦める気配がない。
しかもマルの感じからして、俺の方を妻の立ち場として見ている。
それもどうなんだと、文句を言ってやりたいが番関係を認めているみたいで口に出来なかった。
「まだ言うかって、俺にとっては大事なことだから。シュウにはちゃんと分かってもらいたい」
「……もっと他にいい相手がいるだろ。それこそ同じ種族とか」
クマの獣人は希少だとしても、全くいないわけじゃない。
むしろ種を残すために、胸糞悪い話だがブリーディングが行われていると聞いたことがある。
マルが望めば、すぐに相手の候補は見つかるだろう。
こんな、なんの取り柄もない俺なんかよりも、ずっとずっと良いはずだ。
心の底からそう思うが、マルは違うらしい。
頬を最大限まで膨らませて、そして俺の頬を掴んできた。
最近は膝の上に乗せて食事をする流れになっているせいで、こんなことも簡単に出来てしまう。
息を感じられるぐらいに、顔が近い。
まだ子供だと分かっていても、心臓がドキドキする。
「シュウ以外いらない。シュウがいてくれれば俺は幸せだ。他に何は必要だって言うんだ?こんなに幸せなのに」
「恥ずかしい奴」
魔法の訓練を始めてから、マルはたくましくなった。体つきも筋肉がついてきて、前よりも重いものを持っているのを見た。
そのうち、俺よりも大きくなるだろう。
獣人だから、すぐのことかもしれない。
背丈もそうだし、力もすぐに強くなる。
魔法だって使えるのだから、向かうところ敵無しだ。
でも、マルは俺がいいと言う。
そこまで好意を向けられることに慣れていなくて、戸惑いとともに気恥ずかしくてたまらない。
「今まで森で生きていたから、ろくな人に会ってこなかったんだな。冬が開けて、外を自由に出られるようになれば考えも変わる」
恥ずかしさから、俺は視線をそらして憎まれ口のようなものを叩く。
全く可愛くない。可愛らしさの欠けらも無い。もっと言い方というものがある。
「でも良かった」
「良かった? 何を言ってるんだ?」
そこは落ち込むところじゃないのか。
強がりじゃなく、本心から言っているらしい。それに少しだけムッとする。いや、俺は何を考えているんだ。別にムッとする必要は無いだろう。何を考えているんだ俺は。
「だってそうだろ。シュウは嫌とは言わないから、俺のことをちゃんと考えるようになった。子供のたわむれごとだって流さなくなった。それが俺は嬉しい」
「は、ずかしいこと、を」
息が詰まるかと思った。というか心臓が止まった。
なんだこれ、恥ずかしい。
「照れているのか?」
「うるさい。こっち見るな」
絶対に今、変な顔をしている。
それを見られたくなくて逃げようとするが、膝の上に乗っているのを落とせない。マルに怪我はさせられないから、下手な動きは出来なかった。
それで動けない俺を分かっているのか、マルが遠慮してくれるはずもなく、楽しそうに顔を覗き込もうとしてくる。意地悪だ。そんな風に、一体誰が育てた。
俺じゃないことだけは確かだ。
もう絶対に、余計なことは言わない。
マルは調子を乗らせるだけ面倒だ。
心の中で固く誓いながら、顔の熱を必死に冷ました。
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