第12話 マルの誕生日





「悪い」


「謝るぐらいだったら、誕生日だったこと先に教えろ」


「いや、でも。わざわざ言う必要は無いかと」


「あ?」


「悪い」



 口答えをしようとしてきたから、睨みつけると黙った。


 風邪を引く前にと風呂に入っている最中、こちらを気にしている様子を感じたが無視した。

 状況を把握しようとしていたのもあるし、マルに対して怒ってもいた。

 それを察してか、話しかけてくることは無かった。


 でも食事を前にして、このもやもやを解決しなくてはと思った。

 マルも何か言いたそうだから、まずは話を先にする。



「どうして教えてくれなかったんだ? 言う機会はいくらでもあっただろう」


「だから、必要性を感じられなくて」


「へー、そうか。必要性を感じられない。分かったよ。そういう態度なんだな」



 俺は静かに怒っていた。

 誕生日を教えてくれなかったことに。

 全くどうしてくれようか。


 怒鳴ることはしたくないが、一矢報いてやりたい気分だった。



「もう何も聞かない。何も話さない。知りたくない。それでいいんだろう」


「……シュウ、ごめん。怒らないでくれ。悪かったから」


「……何について、いま謝っているんだ。分かってないよな」


「そ、それは」



 やっぱり分かってない。

 その場しのぎで謝られても、心に響かなかった。



「もういい。この話は終わりにしよう。冷める前に食べるか」



 気を許されたと勝手に思っていたが、どうやら俺の思い違いだったらしい。

 考えるのは後回しにして、食べるように促す。


 でも、スプーンを持とうとしなかった。



「どうした? 食べないのか?」



 ため息を吐くと、椅子からおりたマルがこちらに近寄ってくる。



「シュウごめん! 怒らないでくれ、頼む」



 必死にすがりつき、涙を流している。

 理由なく謝っていることには変わりないが、反省はしている。

 その姿を見て、大人げない対応を取りすぎたと、自分の行動に後悔した。


 泣きすぎておえつまで出ているから、早く落ち着かせないと苦しいだろう。

 俺はマルの脇の下に手を差し込み、膝の上に乗せた。

 抱っこされたことに驚いたようで、涙は止まった。



「どうして俺が怒っていたのかと言うとな。すごく寂しかったからだ」


「さ、みしい?」


「ああ。誕生日を教えてくれれば、もっとごちそうを作った。知らないままだったら、いつも通りの一日で終わっただろうな。それを後から知ったら、その日は何をしていたんだと自分を責めた。プレゼントだって用意していないし……」


「ぷれぜんとなんて、しゅうが、いてくれれば、なにもいらないっ」


「そういうことじゃないんだ。俺がしてやりたかったんだよ」



 たまたま作りたいと思った時がマルの誕生日だったのは、とてつもない偶然だ。

 本当ならば、前もって用意をして盛大に祝ってあげたかった。


 つまり簡単に言うと、俺は拗ねていたのだ。



「俺のわがままだ。大人げなくて悪い。八つ当たりした」



 後頭部にキスを落とす。

 もう子供みたいな感情は、どこかに消えていた。



「誕生日なのに嫌な気持ちにさせたな。怒ってないから、早く食べよう。全部食べて欲しくて作ったんだから、冷めたらもったいない」



 食事を始めさせようと考えて、俺はそういえばと自分の首元に手をかける。



「これやるよ」


「……これって」



 俺は首から外したネックレスを、マルに付けてあげた。

 ネックレスには木彫り細工の鳥が付いていて、動くたびに揺れる。



「使い古しで悪いけど、プレゼントだ」


「いいのか? シュウの大事なものだったんだろう」


「あー、まあ。そうだけど。大事にしてくれてばいい」



 たしかに今までずっとつけていたから、無くなると変な感じがする。でもマルにはとてもよく似合っているからいい。まるで元々付けていたかのようだ。



「……ありがとう、すごく嬉しい。絶対に大事にする……」



 ネックレスをつまんで、まじまじと見たマルは本当に嬉しそうに笑った。

 こんなに喜んでくれるなら、思いつきだけど渡して良かった。



「シュウ、わがまま言っても怒らないか?」


「いいぞ。誕生日なんだから、わがまま言い放題だ」


「それじゃあ……」



 意を決してといった感じで、マルが口を開いた。



「ご飯、食べさせてくれないか?」



 緊張した顔をするから、一体どんな無理難題を言われるかと思ったら、そんなことでいいのか。拍子抜けして、そしてなんだかおかしくなった。



「なんで笑うんだ」


「いや、甘えん坊だと思ったらおかしくなった」


「……駄目ならいい」



 不安そうな顔から、拗ねた顔に変わった。

 このまま笑っていたら、へそを曲げそうだ。

 笑いすぎて目尻に溜まった雫を指で拭い、俺はスプーンを手に取る。



「ほら、何が食べたいんだ」


「……いいのか?」


「自分で頼んだくせに、何を驚いているんだ」


「シュウがやってくれるなんて、思っていなくて。それじゃあ、そこの肉を食べたい」



 そのままとろけるんじゃないかと言ったぐらいに嬉しそうにするから、俺もつられてスプーンを持ちながら何故か顔が熱くなってしまった。

 でも恥ずかしがる必要は無いと、気を取り直して指定された料理に手を伸ばした。




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