第11話 今日は特別な日
「……こんなもんか?」
俺は目の前にテーブルに所狭しと並べた料理に、疲労以上に達成感を覚える。
本棚の奥の奥の、さらに深くまで突っ込まれていたレシピ本はとても役に立った。
今までは目分量で入れていた調味料も、本のとおりにきちんと入れた。
盛り付けは少し失敗したが、それでもいつもよりはずっとずっと美味しそうに見える。
自画自賛かもしれないけど、よく出来た。自分にはなまるを上げたい。
張り切りすぎて作りすぎてしまった気がするが、まあマルもたくさん食べるし平気だろう。残ったら明日に回せばいい。
別に料理は今日で腐るわけじゃない。ゆっくり食べていけばいいのだ。
トーリカの実を使って、俺はパイを作った。
レシピ本を見ると、作れそうなものはたくさんあったが、その中でもパイのページに目がいった。
つやつやと輝くパイなら、マルも喜んでくれるだろう。独り占めさせてもいい。喜ぶ顔を想像すれば、体の奥から力が湧いてくる。
そろそろ、マルが午後の魔法の訓練を終えて帰ってくる頃か。最近は訓練に熱中していて、外が暗くなるまで頑張っている。
こんなにたくさん料理を作るのは言っていないから、驚かせてみたい。
俺はつけていたエプロンを外すと、出迎えるために玄関に向かった。サプライズはあまりやったことは無いが、出来る限り成功させようと思う。
「おかえり。今日も随分と頑張ったみたいだな。怪我はしていないか?」
遠くから歩いてきたマルに声をかける。
いつもは、わざわざ外に出てまで待つことはしない。だから玄関の前で立っている俺に驚いたようだ。
マルの体内時計は正確で、だいたい同じぐらいの時間に帰ってきた。
今日はどの魔法の訓練をしてきたのか、髪は乱れて、木の枝や葉っぱがいたるところについている。全く、訓練するのはいいが、わんぱくだ。
「た、だいま。怪我はしていない。いつから外にいたんだ? 顔が真っ赤で寒そうだ」
「そんなに心配するほどじゃないから。それにちゃんと着込んでいたから寒くないし」
「どうして今日は外にいたんだ。別に、いつも通り中にいれば良かったのに」
「まーまー。今日はそんな気分だったんだよ。気にするな」
待っていた時間はほんの数分なのに、過保護なぐらいに心配してくる。立場が逆じゃないだろうか。
「風邪を引いたら大変だ。早く風呂に入ろう」
「落ち着けって。子供じゃないんだから、体温調節ぐらい自分で出来る。それよりも、そっちの方が寒そうだろ」
どのぐらい待つか分からなかったから、一応防寒着はちゃんと身にまとっている。
どちらかというと、雪で濡れて服が張り付いているマルの方が寒いはずだ。
「おれは俺は寒さに強いから大丈夫だ。こんなところで話していたら、余計に風邪を引く。早く中に入ろう。指先が冷たい。凍えそうだ」
「ちょーっと中に入るのは待った」
俺の手を掴んで顔をしかめたかと思えば、腕を引っ張って中に入ろうとするので、出迎えた意味が無くなると慌ててストップをかけた。そのまま入られたら、絶対にバレる。そうしたら、驚かせるどころじゃなくなってしまう。
「シュウ、今は遊んでいる暇は無い。中に入って温かくてしなきゃ」
「別に遊びたいなんて誰も言ってない。俺は子供か。ちゃんと家に入る。でもその前に、目をつむってくれないか?」
「目を? 分かった」
唐突な俺の提案に首を傾げながらも、すぐに目を閉じるところは気を許している証拠か。
素直で可愛い。
今度は、俺がマルの腕を掴み中へと入る。
「もういいか?」
「まだだ。あと少し」
「シュウが楽しそうなのは俺も嬉しいけど、何をするつもりなんだ」
「それはお楽しみ」
いつの間にか繋がれていた手を引いて、料理が並べてある部屋へと進む。
何をする気か分からないからか、困惑したような声が聞こえる。
それが楽しくて、思わず顔が緩む。
「よし、目を開けていいぞ」
テーブルの前に来て、料理が見やすいようにマルの体を抱き上げた。
ここまで、俺の言うことをちゃんと聞いて目をつむっていたのは偉い。
あとは、料理に喜んでくれればいいのだが。
少し緊張しながら、まぶたがゆっくりと持ち上がるのを見守る。
「……こ、れは……」
テーブルの上に並べられた料理の多さに圧倒されて、言葉に詰まっている。
「驚いたか?」
聞かなくても反応で分かったが、ちゃんとマルの口から言って欲しかった。
「あ、ああ、すごく驚いた。これ全部、シュウが?」
「そうだ」
「シュウが……嬉しい」
サプライズ大成功だ。
すぐに食事にしたいところだったけど、持ち上げた時のマルの体は冷えきっていた。
だから風呂が先だと予定を変える。
そのまま浴室に直行しようとした時、思わずと言った様子の声が耳に入った。
「……今日が、俺の誕生日だって、知っていたのか」
たんじょうび?
それはどういう意味の言葉だったか。
すぐには出てこず、俺はしばらく固まってしまった。
「は、はああああああああ? 誕生日だって!?」
そして理解した時には、あまりに言葉の破壊力に、ここ最近で一番の声を上げざるを得なかった。
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