第10話 マルの大好物




 冬を越したらどうするかは、とりあえず後回しにすることになった。

 結論を出すのから逃げたわけだが、マルはそこまで怒ったりはしなかった。



「悩むってことは、俺がここにいてもいいと思ってくれているわけだろ」



 そんな男前な言葉に、手のひらの上で転がされているような錯覚に陥った。

 マルからすれば素直な気持ちを言っただけだと思うが、それが心臓に直撃するような攻撃を与えたのだ。



「……ちゃんと考えて結論を出す」



 何とかそれだけは言ったが、大人としてもっと余裕のあるところを見せたかった。





 そういうわけで、マルは元気を取り戻した。

 魔法の訓練の方も調子が良くなって、今は細かい調整が出来るように練習しているようだ。

 俺は本に書いてあることを読んでいるだけだから、ほとんど役に立っていない。



 だから今は、健康面を支えるサポートをしていた。

 肉が主食だとしても、獣人だから全てが肉というわけにはいかない。

 バランス良く、そして魔力を増やせるように。こういうところに気をつけて、食事を用意しているわけなのだが。

 少しだけ気になっていることがある。


 マルは出された食事に文句を言わない。

 好き嫌いだってあるはずなのに、今のところ残したことは一回も無かった。

 もしかしたらお世話になっている身だから、遠慮して我慢しているのかもしれない。

 好き嫌いしないで食べるのはもちろん大事だけど、子供なのだから少しぐらいわがままを言ったって怒りはしないのに。


 なんでも美味しい美味しいと言って食べるから、張合いが無い。

 嫌いなもの、好きなもの、わがままだと思わないで教えて欲しかった。


 俺も自分のことを教えていないが、それはマルも同じだ。

 こちらも隠している身としては、全部知りたいとは言えないけど、食べ物の好みならば隠す必要は無いだろう。





「それで、なんの食べ物が好きなんだ? やっぱり肉か?」



 備蓄しているものしかないが、たまにはご褒美として好きなものをお腹いっぱい食べさせてやりたい。

 そういうわけで豪華な夕食をするために、俺は訓練終わりのマルに聞いた。



「いま、お昼ご飯を食べているのに、もう夜の話をするのか?」



 スープを口に運びながら、呆れた顔をしてくる。

 確かにまだ話すのは時間が早すぎたか。でも好きな食べ物によっては、準備が必要になるかもしれない。



「いいから教えてくれ」


「うーん……」


「こら、スプーンを口にくわえるな。行儀が悪い」



 考えながら食べているから、どちらにも集中出来ていない。

 食べ物が口の端についてしまっている。



「俺、あれが好きだ」


「あれ?」



 マルは指で小さな輪っかを作る。



「これぐらいの大きさの赤い実。甘酸っぱいの。あれが好きだ」


「赤い実って、トーリカの実のことか?」


「名前は知らないけど、たぶんそれだな」



 トーリカの実は確かに美味しい。

 でも同じような実は他にもあるし、答えは肉だと思っていた。

 予想外の答えすぎて驚くし、理由を知りたくなる。



「……あれはシュウが置いていったカゴの中にいっぱいあったから。あれのおかげで元気が出た。だから好きだ」


「そんな理由で好きになるのか……」


「俺にとっては大切な思い出だから」



 嬉しそうに笑っている。

 でも俺は素直に喜べなかった。


 好きな食べ物というのは、もっと違うことで好きになるんじゃないか。



「その他には?」


「シュウが作ってくれるものは何でも美味しい。温かくて優しい味だ。食べると全部が好きになる」



 本当にいじらしい。

 俺の作るものは、特別美味しいわけじゃない。繊細さの欠けらも無い、The男の料理といった感じだ。

 それなのにまるでごちそうのように言われると、居心地が悪かった。


 外には、もっと美味しいものがたくさんある。こんな俺の料理よりもだ。



「シュウ?」



 何も言わない俺に、マルが不安そうな表情になる。



「あー、いや。ちょっと世の中の不条理を呪っていたところだ。お前に怒っているわけじゃない」



 マルが大好物を今まで作れなかった、この世界はクソだ。

 これまでの環境の悪さが簡単に予想出来る。



「別に俺は自分が不幸だなんて思ってないぞ?」


「はあ? どれだけお人好しなんだよ」


「お人好しとかじゃない。だって、そのおかげでシュウに会えた」



 こういう口説き文句を、どこで覚えてくるのか。

 顔が熱くなり、それを見られないように手で覆って隠す。



「……ったく」



 よし決めた。

 今日は腕によりをかけて、俺が作れるごちそうをたくさん用意しよう。



「楽しみにしておけ」


「? おう」



 分かっていないくせに返事だけはしっかりするから、思わず吹き出してしまった。

 これは驚かせてやりたい。


 俺の中の闘争心というか、負けず嫌いというか、好奇心というかが目覚め、やる気に満ちあふれた。

 でもまあとりあえずは、最初に言っていたトーリカの実を使ってデザートでも作るか。いつもそのまま出していたのは、俺の雑さを表していてあまりにも可哀想すぎた。


 どこかにレシピ本があったはずだ。

 そうなると、まずは探すことからが先か。

 俺は奥の奥の方にあるだろうレシピ本の所在を考えて、少しだけげんなりとしてしまった。






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