第9話 すれ違いと話し合い
マルの元気が無い。
冬を越したら出て行ってもらう約束を再確認したせいで、完全にへそを曲げてしまったのだ。
ご褒美のキス目当てで頑張っていた魔法の訓練も、集中出来ていない。
やろうとはしているが、暴走しかけることが増えたから、俺の方でストップをかけた。
そうなると残念なことに、時間を持て余してしまう。
でも家にいたとしても、マルとの会話は弾まない。そんな息苦しい状況が毎日のように続いている。
共同生活が、とても苦痛なものになっていた。
これでは冬を越す前に、共同生活の終わりを迎えそうだ。
全く、どうしてこうも上手くいかないのか。頭が痛い。
いくら命を助けたとはいえ、どうしてあそこまで懐かれたのかも不思議で仕方が無いし。考えることだらけだ。
「……少し話をしよう」
このまま気まずく日々を過ごすのは耐えきれない。
時間はたっぷりあるのだから、話をすることにした。
会話が足りないと前に反省したばかりなのに、またおろそかにしていた。魔法に気を取られすぎていた、俺が悪い。
「話はあまりしたくないって言ったら?」
「逃げられる場所は限られているが、鬼ごっこでもするか?」
本気で逃げられれば俺に不利だが、そんなことはしないだろう。
「……分かった。話をする」
やはり逃げたりはしないらしく、大人しく椅子に座った。
でのそれだと足りないから、マルの体を持ち上げる。
「うおっ」
驚く声を無視して、その体を膝の上に乗せた。
「何するんだ、シュウ」
「一応、保険でな」
「そんなことしなくても逃げない」
「まーまー。この方が話しやすくていいだろ」
「逆に、話しづらい、気がするけど」
もぞもぞと膝の上で動いていたが、いい位置を見つけられたのか固まった。
そして胸に頬を当てて、話を聞く体勢になる。
「あのな。俺が助けられたのは、たまたまだったんだからな。そんなに恩を感じる必要は無い」
ぽんぽんと背中を撫でて、俺はマルの頭の上に自分の頬を乗せた。
「恩を感じたとしても、番とか斜め上すぎるし……全く、どこでそういうのを覚えてきたんだ? 誰に入れ知恵された?」
恩返しの方法が間違っている。
呆れ気味に頬をすり寄せると、胸元でもごもごとした声が聞こえてきた。
思わず抱き寄せてしまっていたみたいだ。
「っと。悪い悪い。苦しかったな」
胸で窒息させたなんて笑えない。
家の中で筋トレしすぎて、胸筋が育った気がする。
その自慢の胸筋で潰しかけたのだから、ちょっと抱きしめるのを気をつけなくては。
「い、いや大丈夫。もっと抱きしめてくれてもいい」
「あー、止めとくわ」
そんな鼻息荒く言われたら、なんかちょっと怖くなる。
少し距離を置くと、マルの顔が歪んだ。
「だめか?」
「ぐっ、だ、駄目だ」
「……ちっ」
やっぱり猫を被っていたか。一緒に過ごすうちに、マルが結構したたかなのには気づいていたが、今の舌打ちで確信した。
それでも騙されたとか幻滅したとか、そういう感情は全く無かった。
むしろ大人すぎる言動が多かったから、子供らしいというか、人間らしいというか、どちらかというと好印象を抱く。
俺の胸をまだ恨めしそうに見ている姿は、まあちょっと生理的に受け入れられないが。
きっと母親が恋しいんだろう。そうに違いない。もしも違ったら、今日でお別れとかになる。それじゃあ本末転倒だ。
情操教育も、これからした方がいいのだろうか。魔法以外にも、教えることはたくさんありそうだ。
頭の中で予定を組み立てていると、胸元を軽く叩かれる。
「……シュウは何も分かってない」
そのまま何度も胸を叩かれた。
気持ちと比例してどんどん強くなっていく力に、俺はマルの頬を挟んで視線を合わせた。
「何が不満なのか教えてくれ。言わなきゃ伝わらないことは、たくさんあるんだ」
何も言わなくても自分の気持ちを察してほしいなんて、傲慢な考えだ。
話す口、伝えられる言葉があるのだから、ちゃんと会話しなくては。
一体俺に何を言いたいのか、はっきり教えてもらいたい。
言ってくれれば、俺はその訴えをしっかりと受け止めるつもりだ。
「……恩返しという気持ちも無いわけじゃない。でも一番は、シュウと一緒にいたいからここに来たんだ。……一目惚れだった」
「一目惚れ……」
「死にかけていた時、もう駄目だと思った。このまま死ぬんだろうなって諦めてた。でも、シュウが来てくれて、それで助けてくれた。俺の目には、シュウがまるで天使のように見えたんだ」
「天使って、こんなおっさんになりかけの男に使う言葉じゃないだろ」
「天使だよ。俺を助けてくれたんだから。目を覚ました時にはシュウの姿が無くて悲しかったけど、でもそばに木の実の入ったカゴがあって、さらに好きになった。なんて優しいんだろうって」
「……でも、ほとんど見捨てたようなものじゃないか。本当に優しかったら連れていく」
「俺のためを思ってくれてだろう」
駄目だ。
何を言っても、良いように受け止められてしまう。
俺は恥ずかしくなって顔を隠した。
「俺はシュウと一緒にいたい。冬を越した後も。狩りもするし、魔法を使って手伝いもする。だから、ずっとここにいてもいいか?」
小さな手が、俺の手を覆った。
真剣なその表情に飲まれていく。
「お、れは……」
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